アヴァロンの箱庭
この世界に真冬が来てから、十日が過ぎようとしていた。
 
イブが銀髪の美しい女性をデッサンしていたあの日からというもの、三日三晩に渡って吹雪が続いている。

そのせいで二人は外に出ることができず、結果的にずっとイブの小屋にこもって過ごすことになった。
 
幸い、アップルパイの材料である虹色のリンゴのストックは山ほどあった。

小麦粉や砂糖も、物置部屋から取り出した次の日にはいつのまにか魔法の用に補充されている。

暖炉に火をくべればたちまち室内は暖かくなるし、おまけに傍にはいつだって天真爛漫なイブがいる。
 
まるでこの小屋は……僕がイブと幸せに暮らすためにこの世界に作られたヘブンみたいだな、と。

真冬はイブと過ごす内にいつしかそう思うようになっていた。
 
この世界でずっと彼女と暮らすのも……案外悪くないのかもしれない。
 
そもそも、僕にはイブを殺す勇気も意志も全くない。

それなら、最初から選択肢はたった一つしかなかったはずなんだ。

それなのに僕は今まで……一体何を悩み続けていたのだろう?

「――マフユ? どうしたの、アップルパイ冷めちゃうよ?」

「あ……いや、何でもないよ」
 


吹雪が続いた三日目の晩。

イブにそう言われて、真冬は夕食のアップルパイにかじりつく。

「あのさ……イブ」

「なあに、マフユ?」

「この前のことだけど……その、君のことを責めたりしてごめん。僕には、他人の生き方を非難する権利なんてないのに……」
 
真冬が俯いて落ち込んだ声でそう言うと、イブは静かにテーブルの正面からこちら側にやってきて……持っていた自分のアップルパイの一片を、フォークごと真冬の口に突っ込んだ。

「もごっ!? きゅ、急に何するの?」

「だめっ。私ね、そういうマフユを見るのは嫌いだよ。マフユが、この世界について色々と悩んだりするのは仕方ないことなのかもしれないけど……でも、私のせいで悩むのだけはやめて欲しいの。そんなことされると……私の胸も何だかキュウッ、って苦しくなるから」
 
そう言って小さな胸元を抑えるイブに……マフユは口に突っ込まれたアップルパイを飲み込んでから、その頭に手を置いて呟いた。

「うん、分かった。……ねえ、イブ」

「なあに?」



「君のくれたアップルパイ――とても甘くておいしいよ」
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