アヴァロンの箱庭
「――イブ!」
 
真冬は叫びながら立ち上がってイブに駆け寄ろうとするも、彼女はそれを氷で覆われた右手で制した。

「来ないで。私はどのみちこうなる運命だったの。それが、予想より少し早かっただけ」

「君を……君を僕が殺すわけないだろ! どうすればそれは止まるの!? お願いだから早く教えてよ!」

「私がマフユに閉じ込められてしまうのはもう止めらないよ。だから、こうしてお兄ちゃんとお話しできるのも最後なの。……だけどね、私を永遠に生かし続ける方法なら一つだけある」

「永遠に生かし続ける……唯一の方法……?」

「簡単だよ」

もはや体の大部分が氷の結晶でで覆われてしまったイブは、顔だけ後ろに向けながら言った。

「あのカンバスで、氷漬けになった私を描くの」

「そんな……氷漬けになった君を描くなんて……そんなことは……」

「お願い。そうしないと私は……この箱庭は、消えてなくなってしまう。せっかくお兄ちゃんが創り上げた世界を、私は最後まで守りたいの……」
 
その時、イブの体を侵食していた氷がとうとう顔にまで達した。
 
分厚い氷がイブの美しい銀髪を、端正で小さな顔立ちを容赦なく覆いつくしていく。

「ごめんね……私もう、眠くなっちゃった……」
 


そして最後……氷に閉ざされて目を開けることすらできなくなったイブは、口元の微かな動きだけで真冬に告げる。

「お兄ちゃん……最後に後もう一つだけ……お願い聞いてくれないかな……?」

「お願い? 何でも言ってよ! 僕にできるだったら、何でも……!」

「……あのね……最後くらい……私の本当の……名前を……呼んで……欲……し……」

「イブ? ねえ、聞こえないよ! イブ!? イブ!?」
 
それっきり動かなくなったイブを前にして真冬は叫び、それから震える手を伸ばした。

ガラスの彫像のごとく凍り付いたイブの清らかな顔を、震える指でゆっくりとなぞる。
 
指に残ったのは――死人より冷たい氷の感触だけ。

「……イブ!」
 


真冬はもう一度叫ぶと、素早く走って落ちていたイブのカンバスと筆を拾い上げ、また氷漬けになった彼女の前に走って戻った。
 
目を閉じたまま氷の中で安らかに眠るその少女は、幼いながらもまるで聖母のような荘厳さを放っていて……真冬はその姿を懸命に見据えながら、カンバスに筆を下ろそうとして……

そして、その手が止まった。

「ごめん……イブ……」
 
真冬の瞳から、透明な雫が頬を伝った。

「それだけは……僕には、できないよ……」
 
震える手から、カンバスと筆が落ちる。

「……ずっとずっとこの世界で、君と一緒にいたい……冷たいけど暖かいこの世界で、君と一緒に永遠に生き続けたい……そうしたいよ! だけど……だけど……」



「それでも――この世界は、僕の本当の気持ちじゃないんだ」
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