アヴァロンの箱庭
イブはずっと、目の前で凍りついている少年を黙々と写生し続けていた。
 
真冬はそんな彼女の隣で立ち尽くしたまま、さっきの言葉の意味を反芻する。
 
イブと名乗るこの少女を殺せばここから出られる? 

仮にそれが本当だったとしても、こんなか弱い少女を殺す勇気など真冬は到底持ち合わせていない。
 
かと言って、これ以上彼女にこの世界のことを尋ねても恐らく意味はないだろう。

実際、真冬がさっきから何を聞いてもイブはずっと無視してデッサンを続け、挙句の果てには『うるさいっうるさいっ! 集中してるんだから静かにしてっ!』ときたものだ。
 
僕は一体どうすればいいんだろう……と真冬が途方に暮れていると、

「できたっ!」
 
ようやくイブが口を開き、完成した絵をこちらに向けて絵を持っていない方の手を腰元へパタパタと振りながら満面の笑みを浮かべた。
 
精緻なまでに描かれた美しい氷塊と、その中で固く目を閉ざして眠り続ける少年の神秘的な姿は生誕を待っている胎児を思わせ、真冬は思わずそれに感嘆の声を漏らす。

「凄く……綺麗だ」



「でしょでしょ!? もっと褒めてくれてもいいんだよ?」
 
調子に乗って、その場で嬉しそうにピョンピョン跳ね始めるイブ。

「でも……よく考えたら氷漬けにされてしまった人間を題材に絵を描くなんて、あまり趣味が良くないよ。はっきり言えば、悪趣味だ」

「そ、そんなことないもん! だって、私が描いてあげたおかげでこの子は絵の中で永遠に生き続けるんだよ! それって素晴らしいことじゃない?」

「いや、どっちみちこの子供が死んじゃってることに変わりはないよね?」

「だから死んでないし! 寝ているだけなの! でもこのままだとみんな本当の意味で死んじゃうから、私がこうして絵に残して助けてあげるんだよ!」
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