アヴァロンの箱庭
不思議な虹色のリンゴの林を抜けてイブの家を前にした瞬間、真冬の予想は斜め上をいく形で裏切られた。
 
そこにあったのは、みすぼらしい掘っ建て小屋でもなければ豪奢なお城でもない。

一言で言えば……それは、まるで絵本の中から飛び出してきたかの如くメルヘンチックな小さいログハウスだった。

小屋を構成している見たこともない様な質感と美しい木目を持った無数の材木は、辺りに生えているリンゴの木から取ったものだろう。

二階建ての小屋のそれぞれの階層には小さなテラスが付いていて、テラスにはリンゴの苗木らしき植物の花瓶が無数に飾られている。

枝の所々がリボンで飾られているそれらの苗木は、ちょっとしたクリスマスツリーの様だ。

小屋の屋根は傾斜が少しきつくなっていて、その下には屋根からずり落ちた雪の塊が小屋を守る様に辺りを囲っている。

そして更にその周りを宵闇の中でも七色に輝くリンゴの木々がイルミネーションの如く玲瓏と彩っていて……イブは小屋の前に立つと、真冬を振り返って両手をパタパタさせながら得意満面に言った。

「どう、マフユ? 自分で言うのもなんだけど私のお家、可愛いでしょ?」

「ああ……可愛いというか、とても綺麗だ」

「もう。マフユってば、何でも綺麗って言えば良いと思ってない?」
 


そう言われて確かに、と真冬は思い当たる。

朝初めてこの箱庭に来た時も、イブに会った時も、イブに完成したばかりの絵を見せられた時も……

一様に真冬はただ『綺麗だ』とばかり感じた。

それ以外に、この箱庭にあるものを表す言葉がなかったから。
 
そう、この世界は綺麗で……とても美しい。
 
そんな思いに、しかし真冬はチクリと心を刺す様な微かな痛みを感じてそれを振り払った。
 
そう思ってしまって、本当にいいのか?
 
いや、何故そんなことを考える? 美しいものを美しいと評して、一体何が悪いというんだ?
 
もう、頭の中が雑然としていて訳が分からない。

 
この凍てついた世界において……僕は一体、誰なんだろう?


「どうしたのマフユ? 寒いから早く中に入ろう」

「うん……ごめん。ちょっと考え事をしてたんだ」
 


ふと気付いた時には――すっかり辺りは、自然が生み出した白の絵の具で染め上げられていた。
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