【短】どこまでも透明な水の底
ぽつりぽつりと交わされる会話。
他愛もないスローリーなムードに落ち掛けて、ハッとする。
雨さえも動きを止めるような、そんな雰囲気。
危険、だ。
こんな想いは二度と生まないと決めていたのに…。
どうして彼女の存在は、こんなに俺を揺さぶっていくのか…。
そんな出来事があってから、彼女への視線は180度がらりと変わった。
駄目だと分かっていても、堪えられない。
箍が外れるとはこのことか。
カフェであれこれもと働く彼女を見ては、穏やかな気持ちになるし、デートに誘ってOKを貰えればそれこそ鼻歌でも歌いたい気分になる。
まるで、荒んでいた心が浄化されていくように、軽くなっていく。
それに伴い、キツく跡付いた指輪の痕跡も少しずつ消えていった。
まだ、夢に亡霊のように、あの人が浮かんでくることはあっても、それでも彼女の存在が自分の中に根付けば根付く程、雁字搦めになっていた人生の機微…。
それが、次々と解けていくようだった。
ただ、彼女の恋愛のトーンは相変わらず測れずにいた。
すっと傍に擦り寄って来るかと思いきや、気紛れに通り過ぎて遠くの方から様子を伺うばかりで、ちっとも距離が縮まらない。
…これじゃあ、実家に残してきた猫のキアラと同じだな…。
そんな風に思ってから、くすりと苦笑いをした。
こういう時は、自分から何かを仕掛けてはいけない。
そう、思考回路が働く。
自分は狡い大人だ。
相手が手の内を見せるまで、こうやって余裕をかましてしまうのだから。
本当は、余裕なんて1mmもない癖に。