藤堂さん家の複雑な家庭の事情
「珈琲淹れるから座ってて」

リビングに入るとすぐに、中央に置かれてるL字型の革張りソファを勧められ、5、6人座れそうなそのソファの一番隅に腰掛ける。


座って程無くするとキッチンから珈琲の香りが漂ってきて、何気にそっちに目を向けると、惣一郎は鼻歌交じりにサイフォンからマグカップに珈琲を淹れてた。


惣一郎の部屋に来て、あたしがする事は何もない。


珈琲を淹れるのも、ふたり分の晩ご飯を作るのも惣一郎の役目で、惣一郎は自ら進んでそれらをする。


惣一郎は決してあたしに何かをして欲しいと言ったりしない。


あたしに何かをして欲しいと、思った事すらないかもしれない。


淹れ終わった珈琲を手にソファに来た惣一郎は、あたしの隣に腰を下ろしてローテーブルにカップを置き、


「何か食べたい物ある?」

あたしの返事は毎回同じなのに、必ずそう聞いてくる。


惣一郎にとっては、その「答え」がどうこうっていうより、「聞く」って行為に意味があるんだと思う。


聞いたという過程が重要なんだと思う。


「何でもいいよ」

「んー、じゃあパスタは?」
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