藤堂さん家の複雑な家庭の事情
「ご馳走様。着替えてくるね」
ようやく食べ終わった藍子が席を立った途端に、藍子以外の誰もが、食卓の周りにあった妙な雰囲気が消えたように感じた。
それでも藍子がリビングを出ていくまで誰一人立ち上がろうとしない。
藍子の背中をみんなで見つめる。
そしてそれが見えなくなった直後。
「琢も着替えちゃいな!」
心実が席を立ち食卓を片付け始め、雰囲気が一変する。
「あー、やべえ。眠ぃ……」
気だるそうに声を吐き出した翡翠は、億劫そうに立ち上がり、大きな欠伸をして琢に視線を向け「行くぞ」と声を掛ける。
そんな翡翠に「あい」と返事をした琢は、椅子から跳ね下りて、リビングを出ていく翡翠の後を追い掛けた。
翡翠と琢が向かうのは心実と琢の部屋。
誰に頼まれた訳でもないが、翡翠は毎朝琢の支度を手伝う。
ただ自らそうしている翡翠の行動には、琢を手伝ってやろうという気持ちの他にも意図がある。
その意図を、藍子以外の家族はちゃんと分かっている。