藤堂さん家の複雑な家庭の事情
ドアを開けた海斗は、トワと目が合うとぺこりと頭を下げ、中に入らずそのまま静かにドアを閉めた。


それが、「呼んでいる」と分かったトワは、作っていたカクテルを客に出し、他の従業員に声を掛けてから場を離れた。


すし詰め状態の店のドアを開けると、ドアの前に立っていた海斗が、トワの姿を確認してすぐに「お疲れ様です」と頭を下げ、「昨日の2部と今日の1部の売り上げです」と、持っていた翡翠の巾着袋を差し出してきた。


歪《いびつ》な形のその巾着は、藍子が中学生の時に家庭科の授業で作った物で、何年も使ってる所為か、それとも元々そうなのかヨレヨレになっている。


しかもそれは翡翠に似合わないピンク色の生地で作られていて、トワはこれを見る度に、どうして翡翠がこれを使っているのか不思議に思う。


何より、最初から翡翠の為にと作ったらしいこの巾着の生地を、ピンク色にしようと思った藍子の思考を不思議に思う。


トワは藍子の事を小学生の頃から知っているが、藍子の思考というものが何年経っても理解出来ない。


「翡翠は潰れた?」

不思議な気持ちでいっぱいになる巾着を受け取りながら、聞くまでもない事を口にしたトワに、海斗は「スタッフルームで寝てます」といつもの事だという口振りで答えて小さく笑う。


翡翠とトワの2つ年下になる海斗は【Kingdom】の後輩でもあるが、翡翠の中学の後輩でもある。


その所為か、付き合いが長くなった今でも翡翠に対して敬語のスタイルは崩さず、その翡翠が信頼を置くトワにも敬語のスタイルを貫く。
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