藤堂さん家の複雑な家庭の事情
「ちょっとだけでもいいから胃に入れろよ」

「んー」

「弁当、手作りだぞ? 心実と藍子ちゃんの」

言いながら、トワが持っていた紙袋を差し出すと、翡翠は「藍子?」と笑ってそれを受け取った。


そして、どこか嬉しそうな表情で紙袋から弁当箱を取り出し蓋を開け、今度は声を出して笑い始めた。


「藍子、心実に無理矢理手伝わされたか」

ゲラゲラと笑いながら指で卵焼きを抓んだ翡翠は、ヒョイッと口の中に放り込み「苦《にげ》ぇ」と笑う。


それが藍子の作った物だという事は、コゲ具合からトワにも一目瞭然だった。


翡翠と藍子の間にある、背徳的な関係を当然トワは知っている。


それに対してトワが否定するような事を何も言わないのは、翡翠の気持ちを知っているから。


ただトワが知っているのは翡翠の気持ちの方だけで、藍子がどんな気持ちでいるのかは分からない。


藍子が翡翠をどう思い、どんなつもりで体の関係をもっているのか皆目見当もつかない。


それはトワだけでなく、翡翠にも分からないのだと、過去に翡翠本人が言っていた事がある。


でも翡翠は藍子に何も聞くつもりはないのだとも言い、知る必要はないのだとも言っていた。
< 238 / 259 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop