ホテル御曹司が甘くてイジワルです
「いらっしゃいませ、清瀬さん」
ドアをひらくと優しい声で出迎えられた。はかなげな雰囲気をまとう四十歳くらいの綺麗な女性が、目を見て挨拶をしてくれる。
清瀬さんとはもう顔見知りなのか、一言二言会話を交わし、私たちを案内してくれる。
きっと前もって食事の予約をしていたんだろう。
玄関を抜けるとすぐに広いダイニングになっていて、置いてある三つのテーブルの一番奥に通してくれた。
「寺沢さんは……」
椅子に座りながらそう言いかけた清瀬さんに、女性が申し訳なさそうに首を横に振ってキッチンの方を見る。
その視線を追うと、ダイニングに面したキッチンに立つ男の人が見えた。
大柄で髪を短く切りそろえている彼がここのシェフなんだろう。今話している女性より、少し年上に見える。
「申し訳ありません。主人は料理中はキッチンから出ないと言っていて」
「そうですか。由美子さん、お忙しい中何度も押しかけてすみません」
「いえ、今日はゆっくり料理を召し上がってくださいね」
そのやりとりで、彼女がオーナーの奥さんだということを知る。
夫婦でやっているペンションなんだ。
きちんと目を見てゆっくりと話してくれる、優しそうな由美子さん。
店を包むあたたかな雰囲気は建物の印象もあるけれど、彼女の笑顔のおかげもあるんだろうなと思う。