ホテル御曹司が甘くてイジワルです
 

坂の多い港町。

石畳の細い坂を登ると見えてくるドーム型の建物が、私、夏目真央の職場『坂の上天球館』だ。

明治時代に建てられた石造りの倉庫を利用した事務所部分と、それに隣接して作られた白壁に薄緑色の丸い屋根のプラネタリウム室。
ノスタルジックな古い港町の街並みに溶け込むその建物の入り口には、『坂の上天球館』と書かれた真鍮の看板が取り付けられている。

プラネタリウム室のドーム径は十メートル、客席は八十席。
投影機は六等星までの恒星を映し出せる、国内メーカーの約三十年前に製造されたもの。

今から三十年前、地元企業の社長の趣味で作られたというこのプラネタリウムは、彼の亡き後取り壊されるはずだった。
けれど、それまで職員として働いていた現オーナーが、社長のご家族にどうしてもと頼み込んで買い取ったそうだ。

地方自治体が運営する公営のものでも、最新機器を導入したアミューズメント施設でもない、個人がほそぼそと経営する小さな小さなプラネタリウム。

小さな施設だから、職員はふたりしかいない。
いつもおだやかで優しいオーナーの長谷館長と、今年で二十八歳になる私。

休館日の火曜以外は毎日プラネタリウムを上映し、星座解説をする。
ぽつぽつとやってくるお客様に、ドーム状の天井に輝く満天の星を見せひと時の夢のような時間を楽しんでもらう。

変わることのない単調な毎日だけど、幼いころからずっと星が好きだった私には、なんの不満もない満ち足りた日々だった。



 
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