ホテル御曹司が甘くてイジワルです
「あ、遠山さん!」
「そんなに目を丸くして、どうされました?」
「私今、魔法を見てしまいました」
興奮がおさまらなくて、たった今目の前で起こった出来事を話すと、遠山さんがいたずらっぽく微笑んだ。
「では、魔法の種明かしをしましょうか」
「種明かし?」
首を傾げた私に、遠山さんが上品に頷く。
「ドアマンからベルマン、レセプション、予約担当まで、勤務中は小さなインカムをつけております。対応したスタッフは、ご夫婦の様子を見てはじめて当ホテルに見えられたお客様で、ご宿泊ではなくレストランのご利用だと想像したんでしょう。声をかける前に、予約担当とやり取りし近い時間に初来店の二名様でのご予約を確認したはずです」
「なるほど……」
「実際にお話しし予約の時間を確認し、確証を得たうえでお名前を呼んだんだと思いますよ」
「じゃあ結婚記念日だということは?」
「予約担当が予約時のお電話でお話を聞いていたんでしょう。そういった情報は素敵な記念日を過ごしてもらえるよう、各スタッフに共有されます」
お客様をおもてなしするための徹底ぶりに驚いてしまう。
「じゃあラウンジでのサービスも決まりなんですか?」
「それは、そのスタッフ個人の裁量です。ホテルも商売ですから、お飲み物一杯のサービスで気分を良くしていただけて、ディナーの時に予定よりも高いワインを注文していただけるかもしれない。当ホテルのサービスを気に入って次は宿泊してもらえるかもしれない。なんて下心もありますが、根底にあるのは、スタッフひとりひとりがお客様に心からのおもてなしをして笑顔になってもらいたいという気持ちです」
「すごい……」