ホテル御曹司が甘くてイジワルです


「閉鎖された施設に、勝手に入っていいんですか?」
「許可はもらってる」

ためらうことなく進む清瀬さんの後を追うと、職員入り口らしき小さな入り口があり、そこに年配の男性が立っていた。

「清瀬さん。お待ちしていました」
「すみません、無理を言って」
「いえ、最後にこうやってここを訪れる人がいてくれて、嬉しいですよ」

しわがあるお顔に、さらにしわをよせて笑うおじいさん。
戸惑いながら私が頭をさげると、にこやかに笑いかけてくれた。

「この科学館の元学芸員の、田端といいます」
「あ、『坂の上天球館』というプラネタリウムで解説員をしています、夏目です」

慌てて挨拶を返す。

「この施設は去年閉館してしまったんですけどね、取り壊しの予算が立たなくてそのままになっていたんですよ」

田端さんは職員入り口から中に入り、私たちを案内しながら説明してくれる。

もう電気は通っていないんだろう。
照明のついていないコンクリート製の建物の中は、夏だというのにひんやりとして薄暗い。灰色の壁に緑色の床。展示物が撤去され、がらんとした中を進む。

「それでもようやく予算の目途が立ったらしくて、年内に取り壊されることになりました」
「そうなんですか……」
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