冷徹社長は溺あま旦那様!? ママになっても丸ごと愛されています
含みのある声に、興味をそそられた。そして、『会えばわかるわ』という彼女の言葉は、このあとすぐに事実となった。

会場内のバーカウンターの前に、ひとりのスーツ姿の男性が立っていた。カウンターに片手を置き、カクテルがシェイクされるのを、熱心に見つめている。

背が高く、すっと伸びた背筋は美しく、たくましさと軽やかさが絶妙に同居した体型。横顔は男らしく整っている。それでいて近寄りがたさを感じさせないのは、その顔立ちに、少し幼さがあるせいだ。

一重でぱっちりしているという希少な目は素直そうで、口もとにも厳しさはなく、むしろ油断全開で少し開いている。


『どうもありがとう』


彼はバーテンダーの目を見てそう声をかけ、グラスを受け取った。見下したところは少しもなく、気障でもない。なに不自由なく育った人間が、あたり前に発揮する行儀のよさだった。


『狭間さん』


真紀が彼に声をかけた。了はぱっと振り向き、人懐こい笑顔を浮かべた。


『神野さん。先ほどはありがとうございました』

『ご紹介しますわ、こちら、副編集長の伊丹です』

『あっ、どうも、僕は……』


了は私に顔を向けると、内ポケットに手を入れ、そこで固まってしまった。

私も二十六年間、それなりにちやほやされて生きてきた女だ。了になにが起こったか、わからないほど初心じゃなかった。

ただ、心を動かされはしなかった。

むしろがっかりした。なんだ、この人もそのへんのつまらない男と一緒で、見た目や立場で女を判断するのか、と。

まあいい、だったらそれを利用させてもらうまでだ、と考えたのをおぼえている。

さすが了も事務所を任されている人間なだけあって、すぐに自分を取り戻し、名刺を差し出した。


『ソレイユ代表の、狭間と申します』


まだ社長じゃないのに、代表なのか。よほどの実力者か、ただのボンボンか。そんなことを考えながら私も名刺を渡し、自己紹介をした。
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