冷徹社長は溺あま旦那様!? ママになっても丸ごと愛されています
「女の人なんて、仕事ができなくなるだけじゃなくて、仕事したいって思うことすら非難されたりするもんね」

「まあね」

「なんで迷惑をこうむったわけでもないのに、そんなに人の生きかたが気になるかなあ、みんな……」

「"みんな"でもないのよ。そのことに気づけばけっこう楽だわ」


了がふとこちらを見た。私は微笑みかけ、安心させた。

私個人を知る人は、だれもそんなことで私を責めない。

だれかがなんの気なしに発した言葉が、世論という雲になっている。その"だれか"も、特定のだれかを非難しているつもりはきっとない。"小さな子どもを預けて働きに出る女性"といった茫漠とした情報に対して、反射的に抱いた嫌悪感を、正義感でくるんで吐き出しているだけだ。

彼らが実際に、子育てしながら働く女性と個人的に知り合ったとして、その人に『あなたは無責任で愛情に欠けた母親ですよ』と言えるだろうか。


「イメージで語られたものって、曖昧なぶん便乗しやすいの、怖いわよね」

「部外者にはね。当事者には発言の意図以上にきつく伝わる。情報発信の基礎だよ。学校で教えるべきだ」


ふて腐れたように言う了に、ほんとにね、と心から同意した。


「匿名の発言で、インスタントに承認欲求を満たすのは幼稚で、それこそ無責任だ。いずれ表社会からは消える文化だと俺は思うよ」

「そう願うわ。できたら恵が大きくなる前に」


こんな息苦しい世界に生きてほしくない。と考えていて思い出した。


「そうだ、これを今あなたに言って、励みになるのかわからないんだけど」

「うん?」

「来月、恵の誕生日なの」


励みにはならなかったみたいだ。了は顔を覆って天を仰いだ。


「娘の誕生月に無職になる父親……」

「事情があるんだもの、しかたないわ。できたら一緒にお祝いしましょ。その頃の了のスケジュールが想像つかないんだけど」

「俺もつかない……」


泣きそうな声を出す了の頭をなで、なぐさめた。


「お父さまを前にした了、潔かった。かっこよかったよ」


了が天井を見上げたまま、きゅっと唇を噛む。なにか思い出したんだろうか。
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