冷徹社長は溺あま旦那様!? ママになっても丸ごと愛されています
11. 女の敵は
「恵! 行っちゃダメ!」
全身びしょ濡れの恵がバスルームを飛び出す。当然ながらすぐにつるっと足を滑らせ、ゴチンという鈍い音と一緒に、廊下に仰向けになった。
あーあ。バスタオルを手に、私はよっこらしょと腰を上げた。恵は了にそっくりな大きな目を見開き、限界まで息を吸っている。くるぞ。
「ああぁあん!!」
「あらら、かわいそかわいそ。どこが痛い?」
音からすると後頭部をぶつけているけれど、これだけ力強く泣けるなら大丈夫だ。私は恵を抱き起こし、よしよしとなだめてあちこちをさすった。
「あたま」「おしり」と申告する場所がどんどん移動していく。はい、元気だね。
「ダメって言ったら、しちゃダメ。わかった?」
「はい」
大粒の涙をこぼしながら、恵は従順にうなずいた。バスタオルで全身をくるみ、がしがし拭いてやる。
もともと似ていたけれど、一緒に暮らしはじめてから、加速度的に了に似てきている気がする。表情の作りかたや仕草がそっくりだ。
血もあるだろうけれど、やっぱりこういうのって、距離なんだろうか、と考えてしまう。
最近なぜかドライヤーを嫌がるようになったので、タオルで念入りに髪を拭く。まだ眠くないと本人が主張していても、歯を磨くと眠気のスイッチが入るらしく、私の膝に頭を乗せているうちから力が抜け、静かになる。
たいていはこのままおとなしく寝床に収まってくれる。習慣って大事だ。
寝室に寝かせたとき、玄関の鍵が開く音がした。迎えに出た私を見て、了がびっくりしたように足を止め、それから恥ずかしそうに微笑んで入ってきた。
「ただいま」
「お帰り。ごはんは? 少しでよければ残ってる」
疲れた顔で「ちょうだい」とうなずく。
私はキッチンへ行き、恵と食べた夕食の残りを温め、冷蔵庫にあるもので簡単なサラダとスープを作ろうと考えた。材料を並べたところに、部屋着姿になった了がやってくる。
「あれ、なにか作ってくれるの?」
「おかずが思ってたより残ってなかったから。足りないかなと思って」
「俺もやるよ」
「疲れてるでしょ、座っててよ」
了は首を振り、「気分転換」とむしろ心配になるようなことを言って、包丁を取り出した。きゅうりやトマトを少量ずつ、サクサクと切っていく。