冷徹社長は溺あま旦那様!? ママになっても丸ごと愛されています
『こんばんは。来ていただけてうれしいです』

『こちらこそ、お誘いありがとうございました』

『奥へ席を移しますか?』

『いえ、どうぞそのままで』


じゃあ、と了はもといた席に私を案内した。私がコートを脱ぐのを律儀に立って待ち、受け取ったコートをボーイに渡す。それから緊張気味の笑顔を浮かべた。


『あの、今日もすてきです。先日のような装いもお似合いでしたが』


高校生か、と思うような、素朴でぎこちない賛辞だった。選ぶ店はこのクラスで、カウンター席に人を呼べるほど場慣れしているくせに、女にはそれ?

パーティーのとき私が着ていたのは、深いグリーンのセットアップだ。ジョーゼット素材で、上はノースリーブ、下はワイドシルエットのパンツ。この日はモヘヤのニットにタイトスカートをはいていた。

背の高いスツールに私が座るとき、了はさりげなく背もたれに手を置き、支えていてくれた。そのあとで彼も腰を下ろす。徹底したレディファースト。


『普段はパンツが多いんですが、今日はデスクワークだけだったので』

『やっぱりその、お好きなんですか、ファッションというか? あっ……と、その前に、なにをお飲みになりますか』


私は会話の流れをさまたげたくないときにいつもするように、『同じものを』と了の前にあったロックグラスを手で指し示した。中は空で、氷だけが残っている。

了が『あ』と恥ずかしそうな顔になり、そのグラスを取り上げた。


『すみません、これ、水なんです。アルコールは伊丹さんがいらしてからにしようと思って』


開いた口がふさがらなかった。大の男が、待っている間、水を飲んでいたのか。

こういうとき、いかにも通好みなお酒を頼んでおいて、うんちくを語るきっかけにする男を多く知っている。好きなお酒を好きなだけ飲んで、会ったときにはいい気分になっている男もいた。

この人は本当にただ、私と話をしたいんだ。

了の行動は、純粋にそう感じさせるものだった。
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