冷徹社長は溺あま旦那様!? ママになっても丸ごと愛されています
だけどこうして恵の寝顔を見ていると、ついていてあげることができてよかったと心底思う。少しでも私がそばを離れると、恵は敏感に察知し、一カ所でも触れていようと手を伸ばす。これに応えられるのは私だけなのだ。

社会の中の自分と母親としての自分。胸に満ちる慈愛の心と、襲いかかる重圧。

ふたつの世界。

でもね、恵。私、思い出したんだよ。

了と結婚しようと決めたとき、一番に考えたのはもちろん恵のことだった。まこちゃんは、私が結婚したいかどうかが大事だって、問題をシンプルにしてくれたけれど、あのあともずっと考えていたの。

恵に父親を作ってあげたかった。それは私自身が持てなかった、欠けているところのない家庭を恵にあげたかったからでもある。だけど同じくらい大事な、もうひとつの思いがあった。

それを今ごろ思い出したんだよ、恵。

私は子供特有の、三角に尖った唇を指でなで、屈んで頬にキスをした。


「ママの一番は、恵だよ」

「じゃあ俺の一番は、早織だ」


はっとして振り返った。戸口に了が立っていた。

車で行ったため、コートは着ていない。スリーピースの上着を片手にかけ、もう一方の手に鞄を持っている。両方をダイニングチェアに置き、こちらへやってきた。


「具合、どう?」

「今、薬で熱が下がったところ」

「よかった。なんだったの?」


一瞬、自分の目が泳ぐのを感じた。


「あの、なんでも……ただの熱だって」


言い訳するような気持ちで伝える。了は恵から目を離さず、うれしそうに笑った。


「そっかあ、怖い病気じゃなくてよかったねえ。ママもいてくれて、安心だったね」


泣きそうになった。


「ごめんなさい、昼食会……どうだった? 総会の結果は?」

「後任の選任もふくめ、承認されたよ。昼食会も無事終了。みんな早織に会いたがってた」
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