冷徹社長は溺あま旦那様!? ママになっても丸ごと愛されています
『じゃあ、ベリーニを』

『俺は……トムコリンズにしようかなあ』


バーテンダーはきちんと耳を傾けていて、あらためてオーダーする必要もなかった。了が少し目を上げただけで、承知したしるしにうなずきを返す。


『続きを聞かせてください』

『続き?』

『ファッションがお好きですか?』


ああ、と私はバーテンダーのなめらかな動きを見ながら答えた。


『着飾るのが好きというわけではないです。ただ、身に着けるものをTPOや相手の好みに合わせたりできる技術を持っているのは、強みだと感じてはいます』


すらすらと口から出てくる模範解答だ。仕事柄、この手の質問はくさるほど受けてきた。実際、この回答は嘘ではない。かぎりなく真実に近い。


『技術だけじゃないでしょう、センスもいりますよ』

『センスが必要なのは1パーセントの部分。ファッションの残りの部分は、知識と技術なんですよ』

『センスもいります。あとは人柄』


了が妙に強情に言い張るので、私は視線をカウンターの中から彼に向けた。彼は、こちらがぽかんとしてしまうほど真剣な顔をしていた。


『……そうですか』

『ええ。良識、知性、品性、謙虚さ、自分への信頼、他者への配慮。装いにはそういうものが全部出ます。もちろん顔立ちや話しかた、立ち居振る舞いにも』


突然マナー講師みたいなことを言いだした。

あきれてもいい場面だったかもしれないけれど、不思議とそういう気持ちにはならず、私は『狭間さんから見て、私はどんな人間ですか』と尋ね返した。
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