冷徹社長は溺あま旦那様!? ママになっても丸ごと愛されています
03. 敗者の掟
「上がってちょうだい、狭いけど」
保育園からの帰り道、了は私の家までついてきた。
私は来いとも来るなとも言わなかった。了の性格なら、来たがることがわかっていたからだ。
東京のはずれ。工業用地としてつくられた埋立地のあるエリア。再開発から見捨てられたような木造アパートの一階が私の住まいだ。
駅へ行くにはバスか自転車を使わないといけない。ただし保育園と、職場であるスーパーは近い。
これでいいのだ。今の私に、電車で出かける用事などない。
中はもとの色もわからなくなった、古ぼけたカーペット敷きの居間と、畳の部屋が隣りあっている。それと薄暗い台所、お風呂場、トイレ。これが今の私の生活のすべてだ。
了は玄関で立ち尽くし、絶句していた。
私は恵の手を洗い、食事用の椅子に座らせ、おえかき帳と子ども用サインペンをあてがって、熱中していてくれることを願った。
物干し台に出て、朝干しておいた洗濯物を取り込みながら、了に声をかける。
「なに驚いてるのよ、私の住んでるところも調べたはずでしょ?」
「そう、だけど……」
洗濯物が積み上がっているのは好きじゃない。物干し台から部屋に戻る間にタオルを三枚たたみ、その足で洗面所へ行き収納にしまう。恵の服やエプロンは、保育園から持ち帰ってきたバッグの中身と入れ替え、自分のTシャツは、ハンガーのまま押入れの中のつっかえ棒に引っ掛ける。下着はくるっと折って収納へ。
これでおしまいだ。つつましい、ふたりきりの生活。
「お邪魔します」
了がためらいがちな仕草で部屋に上がってきた。居間には食卓として使っているローテーブルがあるだけで、客人をもてなす装備はまったくない。