冷徹社長は溺あま旦那様!? ママになっても丸ごと愛されています
会社の小さな会議室。ガラス製のテーブルの天板越しに、真紀は私の足元を見下ろした。


『どうりで急にヒールを履かなくなったわけね。腰を痛めたっていうのは本当じゃなかったのね?』

『ほかに説明をつけられなかったの。ちなみに薬を飲んでるからお酒を飲めないっていうのも嘘。こういう嘘って精神を削られるね。はやく真紀に打ち明けたくて仕方なかった』


私は元来、堂々と嘘をつきとおせるほど気が大きくない。お腹の子が十分育ち、自分の心も整理できてきたこのときまで、妊娠を隠すために周囲についていたこれらの嘘に、だいぶ疲弊していた。

私は真紀が、この年齢での不慮の妊娠という事態に、もっと嫌悪感や軽蔑を表すのではと内心怯えていた。真紀自身は結婚しているだけに、なおさら。

けれど彼女は、そんな素振りはまったく見せなかった。


『なるほど、今後どうしようかしらね』

『本当に勝手だけど、私の希望を先に言うね。お腹が大きくなる前に休ませてほしいの。その代わり早めに復帰する。副編集長の立場に戻れるとは思ってない。でもSelfishの仕事はしたい。この判断は、上司としての真紀に預ける』


真紀は少しの間、口もとに手をあてて考え込み、『わかったわ』と言った。


『プロデューサーとも相談してみるわ。休みに入るまでは、働けると思っていていいのね?』

『うん。働かせて』

『じゃ、仕事に戻りましょ』


父親は誰なのかとか、産まれた子をどうやって育てるのかとか、親の力は借りられるのかとか、自分に関係のないことについていっさい聞かない清潔さは真紀らしく、私は救われた。


「今思えばね、私の考えが甘かったの。それが真紀の判断も狂わせた」

「でも、復帰はしたんだろ?」


了が私の頬を両手で挟み、額をくっつける。私は堰を切ったように涙が止まらなくなっていた。薄いメイクのいいところは、落ちるのが気にならないところだ。
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