冷徹社長は溺あま旦那様!? ママになっても丸ごと愛されています
「じゃあ、そろそろ私、お店に行くから」
了が帰って少ししたあと、部屋で座り込んでいた私に、まこちゃんが声をかけた。
私がぼんやりしている間に、洗い物を片づけてくれていたらしい。
「ごめん、ありがとう、いろいろ」
「いいんだよ。ちょっと恵の寝顔見てこよーっと」
引き戸をそっと開け、布団の敷いてある部屋に入っていく。
まこちゃんこそが、かつて了が言いあてた、私の『安心感』の源、『全部をさらけ出せる相手』だ。我が家は両親が離婚しており、私は父親の記憶がない。母は私が高校を出ると同時に恋人と再婚して、海外に移り住んだ。
悪い人ではないものの、母親として頼りになるかというと首をひねらざるを得ない母に代わって、いつもそばにいてくれたのが五歳上のまこちゃんだった。
記憶にある限り、昔から物腰が柔らかく容姿も中性的で、『お兄ちゃん』と呼ばれるのを嫌がった。私はずっと『まこちゃん』と呼んで育った。
好きなものや似合うものを選びとっていくうちに自然と今のような感じになり、同じ楽しみや生きづらさを抱える人たちが集うバーで働いている。
まこちゃんが生きている世界について、くわしいことはじつは知らない。血を分けたきょうだいであっても、プライバシーはあってしかるべきだ。
「うん、よく寝てる。子豚の寝顔だね」
忍び足で、まこちゃんが戻ってきた。音を立てないよう引き戸を閉める。
「天使って言ってあげてよ」
「了くんと結婚するの?」
私は麦茶のグラスだけが残されたテーブルを見つめた。
「恵にも父親がいたほうが……」
「そういう詭弁はダメ。いないほうがましな父親だってごまんといるよ。考えるべきは、さおちゃんが、了くんとどういう関係でいたいかだよ」