冷徹社長は溺あま旦那様!? ママになっても丸ごと愛されています
『……どうしてもっと冷静になれなかったんだろう』

『同感。俺もいっぱいいっぱいだったんだ。父の暮らしの変化で母も参ってたし、それを助けるのに必死で、早織を追いかける余裕もなかった』


了は苦笑した。

グループを混乱に陥らせないため、父親が患ったことは秘密にされた。私にも説明できず、板挟みだったのだ。


『俺は父の仕事も手伝うようになったから、早織の出版社との取引は別の人間に任せた。早織のことは、もうダメなんだろうと思ってた。忘れたふりして、でもどうしても未練があって見合いは断り続けた。そうこうしてるうちに一年くらいたってた。ある日、街中で早織を見かけた』


了の手が、無意識にか、ベストの胸のあたりをぎゅっと掴んだ。まるで当時の痛みを思い出しているみたいに。


『早織はベビーカーを押してた』


なんというすれ違い。

了は私が、ほかの誰かと結婚して子どもを産んだと思ったのだ。


『情けない話なんだけど、ほんと打ちのめされてね……、しばらく立ち直れなかった。でもあるとき、早織は結婚してないって耳にしたんだ。退職の話と一緒に』


どういうことなんだろう、と了は考え、ある可能性に思いあたった。でも、まさか。だけど。そうだとしたら。

私の生活に首を突っ込んでいいものか迷い、悩んだ末、友人の弁護士に相談した。そして今の私の状況を知るに至った。

説明を終えた了と私は顔を見合わせ、笑った。笑うしかなかった。

私たち、いったいなにをしていたんだろうね?

数回のコールで電話はつながった。


『はい』

「了? 明日、今日と同じ時間に同じ場所で会える?」


どこにいるんだろう。まだ家には帰り着いていないはずだ。バーでもさがし歩いているところかもしれない。


『……返事、くれるの?』


了の声には、期待半分、不安半分という気持ちがありありと出ていた。あいかわらず素直で、笑ってしまう。
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