冷徹社長は溺あま旦那様!? ママになっても丸ごと愛されています
応接用のソファの対面で深々と頭を下げているのは、経済界の成功者として誰もが顔を知る、狭間拓(たく)氏だ。私の記憶にある宣材写真よりほっそりしており、リハビリ生活の苦労がしのばれたものの、本人から発されるオーラは強い。

私は自然と、同じような強者のオーラを頻繁に目にしていたSelfish時代に戻ったようで、気持ちがぴんと張った。


「とんでもないです。同じときに、了さんやご家族も苦労されていたんです。私の癇癪と行き違いで、当時、なんの支えにもなれなかったことを悔いています」

「了! このすばらしいお嬢さんを大切にするんだぞ!」


盛り上がる両親を冷静に眺めていた了は、「はいはい」と偉そうにうなずく。外では敏腕実業家という印象を与える了も、こうして見るとたいしたお坊ちゃんだ。

それまで緊張で硬くなっていた恵が、泣き出した。


「あっ……、も、申し訳ありません、よその家にお邪魔したことのない子で」


慌てて席を立ち、お母さまから恵を引き取る。お菓子やおもちゃで恵を楽しませようとしてくれていたお母さまは、恐縮する私に、「いいのよ」ところころと笑った。


「このくらいの子は、親から離れられないくらいで普通よ。心身ともに健康そうで、すばらしい子ね。じょうずにお母さんしてらしたのね、早織さん」


私は、恵が産まれてから一度も下ろしたことのなかった重荷が、肩からすっと消えていくのを感じた。




「早織があんなに泣くの、はじめて見たよ」

「お恥ずかしい……」


美しく整えられた庭を了と歩きながら、私は後方にちらっと目をやり、ささっと鏡を見てメイクを直した。うしろでは恵が、車椅子のお父さまのひざの上に乗って散歩を楽しんでいる。車椅子を押しているのは、いきなり大泣きした私をさんざんなぐさめ、励ましてくれたお母さまだ。
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