冷徹社長は溺あま旦那様!? ママになっても丸ごと愛されています
唇を噛んでうなずく了を見ながら、『妻と子』というフレーズが頭の中で回った。あるかないか定かでなかった実感が、確実に遠いものになった気がする。

結婚とはこんなにも、予想外の障害によって頓挫するものなのだ。




「ねえ、恵が泣いてるから」

「俺も泣いてるよ!」


仕方ないなあ、と玄関先でため息が出た。

ちなみに了の腕の中で恵が泣いているのは、寝足りないからだ。一方の了は名残惜しいどころじゃないらしく、しゃがみ込んで恵の身体を抱きしめ離さない。


「おーい、行くよ」


一度ドアの向こうに消えたジョージさんが、車のキーを片手に戻ってきた。了に代わって、私と恵をアパートまで送っていってくれるのだ。了の様子を見ると肩をすくめ、私と目を合わせた。


「はやく次のマンションを見つけて三人で暮らせよ。会うのに移動を伴わないほうがずっと安全だ」

「そうする。恵、またね」


ようやく立ち上がった了が、恵の頭をなでる。残念ながら恵は眠気でぐずっていて、挨拶を返すどころじゃなかった。


「次いつ会えるかしら」

「近いうちに必ず。早織、これ」


彼が懐から名刺入れを取り出した。渡された一枚は、了のものではなかった。『株式会社ソレイユ・メディア・マノ』代表、速水百合(はやみゆり)とある。

ソレイユ・メディアならよく知っている。マーケティング力を活用し、求人情報誌やライフ情報誌といった、あらゆる雑誌を発行している巨大な広告制作会社だ。だけど『マノ』というのは聞いたことがない。


「この人に連絡してほしい」

「私が?」

「マノはソレイユ・メディアの関連会社で、家事や子育てをしている人たちをターゲットにしたメディアを作ってる。速水さんは昔"インターナショナル"にもいたことがある人で、俺もすごくお世話になった」
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