冷徹社長は溺あま旦那様!? ママになっても丸ごと愛されています
話が見えてきた気がした。私は名刺をつまんだまま、呆然としていた。了がこちらの反応を探るように、じっと見つめてくる。


「よけいなことだと思うなら、ごめん。早織の今の仕事のことも、今がたのしいっていう早織の気持ちも、否定する気はまったくないよ。でも、組織で働くおもしろさは、早織の身体に染みついてるはずなんだ」


唇の内側を噛んだ。そうしないと震えてしまいそうだからだ。


「組織に守られる安心も、今の早織には必要なものだと思う」

「了……」

「早織のこれまでのキャリアが活かせる仕事だ。従業員は九割が女性。速水さんと話をしてもらえればわかるけど、子どものいる人も多い。もしかしたら、早織の好きな雰囲気じゃないかもしれない。だけど」


了は言葉を途切れさせ、「早織」と困った顔をした。おそるおそる手を伸ばし、私の頬の涙を指で拭う。

つないでいた恵の手が、ふっとほどけていった。ジョージさんが恵を抱き上げ、そっとドアの外に消えていくところだった。


「無理にとは言わない。でも俺は早織に、やりたいことをあきらめてほしくないんだよ。自分を落伍者みたいに思ってほしくない。早織の能力を求めてる場所は、ちゃんとあるって知ってほしいんだ」

「連絡するわ、すぐに。明日の朝にでも」


いやだな、私、涙声だ。これじゃまるで、職場に未練たらたらだったみたいじゃないか。今の仕事もたのしい、なんて胸を張ったくせに。

いいや、と心の中で首を振った。了はそんな受け取りかた、しないだろう。どっちもたのしいよね、捨てるしかなかったものが戻ってきたら、そりゃうれしいよねって、そう思ってくれるはずだ。

これが私の好きになった、了だ。


「やっぱりきつくなったり、恵のそばにいたいと思うならやめたらいいよ。それも人生の選択だもん。だけど次にやめるのは、やめたいと思ったときだ」

「うん」


温かい手のひらが両頬を包む。


「ありがとう、了」


お礼を言うのと同時に、また涙が転がり落ちた。了が私の顔を上向けさせ、許しを請うみたいにのぞき込んだ。かすかにうなずいたところに、唇が重なってきた。
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