冷徹社長は溺あま旦那様!? ママになっても丸ごと愛されています
「ありがとう」


ドアを出るとき、口から出たのはおやすみでもさよならでもなく、そんな言葉だった。了はきょとんとし、それから照れくさそうにはにかんで、手を振った。

廊下の先でジョージさんが恵をあやしていた。私を見ると、冷やかしと祝福半々の笑みを浮かべる。

ありがとうね、了。私をあきらめずにいてくれてありがとう。

自分自身ですら忘れかけていたものを、思い出させてくれてありがとう。

私もがんばる。


* * *


過去の仕事柄、独創的な風貌には慣れている。それでも速水社長の印象は強烈だった。


「男だの女だの、いちいち区別するのはあまり好きじゃないんだけど。残念ながら子どもを産むのは、どうがんばっても女だけなのよね、今はまだ」


吐き捨てるように言う彼女は、シルバーに近い金髪のベリーショート。ローズピンクのカラーレンズ眼鏡に、黒と白の大胆なバイカラーのスーツ。アクセントは口紅でもネックレスでもなく、真っ赤なコインが連なったようなデザインのイヤリングだ。

上級者だ、と私が無意識に測ったことに気づいたんだろう。くつろいだ応接スペースの対面のソファで、彼女がちらっと笑った。

そして予想していたより年齢が上だった。表情が豊かで肌が抜群に美しいから若く見えるが、もしかしたら還暦を迎えているかもしれない。

了もつくづく人脈が広い。


「狭間さんと結婚を考えてらっしゃるそうね」


呼ばれて訪れたメディア・マノは、都心からはずれた場所に、ゆったりとかまえられたきれいな二階建ての社屋だった。今いる社長室は一番奥まった場所にあり、半地下の中庭を眺められる巨大な窓が、壁の一面を占めている。


「はい」

「彼は家庭で役に立つタイプの男性? 家というものはただくつろぐ場所じゃなく、日々メンテナンスをしないといけないものだと知っている?」

「えっ?」


雑談と見せかけた、プライベートのちょっとした探り合いかと思ったら、そうじゃない気配がしてきて、私は面食らった。
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