Monkey-puzzle
◇
『橘さん、お話があります。お電話出来る時間はございますか』
メッセージを送ると、すぐに折り返し電話がかかって来た。
『真田課長さんからさっき連絡を貰ったよ。体調不良なんだって?大丈夫?
リーダーは代理で真田課長が引き受けるって言ってたけど。』
この対応の素早さ…恐らく亨の中で筋書きが出来てた。
利用…されたんだな。噂すら亨にとっては格好の獲物だったんだ。
目の当たりにした現実にまた目頭が熱くなる。
『もしもし?木元さん?』
「あ、すみません…」
『えっと…さ。体調悪いのに昨日つき合わせちゃってごめん。今度埋め合わせさせて。
とはいえワークショップが終わったら、がいいかな。』
橘さん…きっと体調不良じゃないってわかってる。その上でそう言ってくれてるんだ。
『とりあえず終わるまでは木元さんにメッセージ送りまくるけど、それはいい?』
冗談めいて笑う橘さんの暖かい空気がスマホから伝わって嬉しかった。
…大丈夫。
私をこうやって心配してくれてる人だっているんだから。
頑張らなくちゃ、もっと。
スマホを握りしめたまま階段を下りた所で目に入った“社内コンペ”のポスター。
あ…そうか、もうすぐだね、募集が始まるの。
この会社特有のお祭りのようなもので、課を越えて、参加も組む人たちも自由。グループではなく、単独での参加もありで、社をあげての大きなイベントとして、必ずクライアントの協賛がつく。
企画内容も自由で、優勝した企画はどこかのクライアントが採用し、実際にイベントが実現するしそこで目に留まればその後、グループに依頼が来たりもする。
確か去年は一課のグループが圧勝して…それがいくつものクライアントから手が上がって、結局他にもいくつかそのグループが提案書を提出したって聞いた。
代表者が…えっと…鎌田…さん?だったけ。
ミヨちゃんの情報収集に寄ると、かなりのイケメンだけれども、その目力の強さで恐れられているとか…(仕事がどうなのかはさっぱりわからなかった)
私は、小さなイベントが好きだから、優勝を狙ってはいないし、特別慰労賞という山田部長単独で起こした企画に感激した保護猫協会さんが設けた賞の事の方が印象に残っていたからな…。
企画を読んで、益々山田部長が好きになった、去年の社内コンペ。そんな印象。
今一度、ポスターに目をやった。
今までは3課で亨の企画を手伝うと言う形で、陰で動いてはいたけど…自分が企画立案者として参加した事は無いんだよね。
…そろそろ企画三課は引き際かもと思ってたから、このコンペ、踏ん切りをつけるにはいい機会かもしれない。
そんな事を考えながら、戻った三課。けれど、聞こえて来た会話に思わず入り口で足を止め身を潜めてしまった。
「ねえ今までに木元さん指名した人とか木元さん経由で仕事依頼してくれた人とかって、全員関係アリなのかな?」
「あ~あ、俺だって枕で仕事取れるなら取りてーよ。」
「まあさ、あの人見た目はそこそこじゃん?」
「そうだけどさー。何か一度関係を持ったらそれをネタにずっと追い回されそう。」
「うわっ!怖え!」
「まあ、どっちにしても『一度だけでいい』人だよな…真理さんて。」
…すごい“私”が話題になってる。
仕方ない…よね。“嫌われ者”だから。でも、仕事の手を止めてまで話題になってしまうのは…やっぱり私が悪い。
けれど、今の私にはこの空気の流れを変えるだけの術がわからない…
ズキンと気持ちが痛みを感じて思わず俯いた。
「お前ら~。いい加減に…」
ガツン!
亨が奥の課長席から苦笑いで声をかけた瞬間、違う場所でゴミ箱が音を立てて転がった。
会話がピタリと止み、一斉に視線がそこに向かう。
「あ~…すんません。つい蹴っちゃった。」
出てしまったゴミを片付けると、何ごともなかったかの様にタブレットに目を落とし仕事を続ける渋谷。
「高橋、橘さんのワークショップ、発注済みの綿棒本数確認した?」
「え…?!あ、ああ…確か、参加者人数の倍は発注して…」
「数字がおかしいかも。」
「え?!マジで?!」
「それから、白石さん、白石さんリーダーで担当していた神宮字駅前のカフェのオーナーに別件で会ったんですけど“白石さんに会いたい”って叫んでました。」
「本当かよ〜!」
「あそこのオーナー弱気な所ありますからね。白石さんの声、聞きたいみたいです。手が空いてる時で良いんですみません、連絡して貰えると…」
「ったく。あのオーナー前からそうなんだよな〜…弱気になると連絡してくんだよ…。まあ、連絡してみるわ。ミヨちゃん、ごめん。案件資料一覧てさ…」
「あ、それなら…」
冷静な言葉と滑らかなやり取りに課内の空気がまた仕事へと流れ出す。
やっぱり凄いな、渋谷は…。
自分のせいで空気の乱れた課内を軌道修正してくれた事に感謝をすると同時に、動揺していたとはいえ、跳ね退けてしまった自分の行ないを反省した。
謝れる機会があるなら、きちんと謝ろう。
少なくとも、私を捜して小会議室まで来てくれたんだから。
…でもまずは、目の前の事から。
私がドアから顔を見せると、一瞬課内に緊張が走って視線が集まる。
そんな中、渋谷だけは素知らぬ顔でタブレットに目を落として仕事を続けている。
それがまた、心強く思えた。
…よし。
お腹に力を入れて亨のデスクの前に立つ。
「真田課長。先ほどは、橘さんの件、ありがとうございます。
真田課長が後を引き継いでくださるなら安心です」
一礼した私の背中から少しどよめきが起こった。
『橘さん、お話があります。お電話出来る時間はございますか』
メッセージを送ると、すぐに折り返し電話がかかって来た。
『真田課長さんからさっき連絡を貰ったよ。体調不良なんだって?大丈夫?
リーダーは代理で真田課長が引き受けるって言ってたけど。』
この対応の素早さ…恐らく亨の中で筋書きが出来てた。
利用…されたんだな。噂すら亨にとっては格好の獲物だったんだ。
目の当たりにした現実にまた目頭が熱くなる。
『もしもし?木元さん?』
「あ、すみません…」
『えっと…さ。体調悪いのに昨日つき合わせちゃってごめん。今度埋め合わせさせて。
とはいえワークショップが終わったら、がいいかな。』
橘さん…きっと体調不良じゃないってわかってる。その上でそう言ってくれてるんだ。
『とりあえず終わるまでは木元さんにメッセージ送りまくるけど、それはいい?』
冗談めいて笑う橘さんの暖かい空気がスマホから伝わって嬉しかった。
…大丈夫。
私をこうやって心配してくれてる人だっているんだから。
頑張らなくちゃ、もっと。
スマホを握りしめたまま階段を下りた所で目に入った“社内コンペ”のポスター。
あ…そうか、もうすぐだね、募集が始まるの。
この会社特有のお祭りのようなもので、課を越えて、参加も組む人たちも自由。グループではなく、単独での参加もありで、社をあげての大きなイベントとして、必ずクライアントの協賛がつく。
企画内容も自由で、優勝した企画はどこかのクライアントが採用し、実際にイベントが実現するしそこで目に留まればその後、グループに依頼が来たりもする。
確か去年は一課のグループが圧勝して…それがいくつものクライアントから手が上がって、結局他にもいくつかそのグループが提案書を提出したって聞いた。
代表者が…えっと…鎌田…さん?だったけ。
ミヨちゃんの情報収集に寄ると、かなりのイケメンだけれども、その目力の強さで恐れられているとか…(仕事がどうなのかはさっぱりわからなかった)
私は、小さなイベントが好きだから、優勝を狙ってはいないし、特別慰労賞という山田部長単独で起こした企画に感激した保護猫協会さんが設けた賞の事の方が印象に残っていたからな…。
企画を読んで、益々山田部長が好きになった、去年の社内コンペ。そんな印象。
今一度、ポスターに目をやった。
今までは3課で亨の企画を手伝うと言う形で、陰で動いてはいたけど…自分が企画立案者として参加した事は無いんだよね。
…そろそろ企画三課は引き際かもと思ってたから、このコンペ、踏ん切りをつけるにはいい機会かもしれない。
そんな事を考えながら、戻った三課。けれど、聞こえて来た会話に思わず入り口で足を止め身を潜めてしまった。
「ねえ今までに木元さん指名した人とか木元さん経由で仕事依頼してくれた人とかって、全員関係アリなのかな?」
「あ~あ、俺だって枕で仕事取れるなら取りてーよ。」
「まあさ、あの人見た目はそこそこじゃん?」
「そうだけどさー。何か一度関係を持ったらそれをネタにずっと追い回されそう。」
「うわっ!怖え!」
「まあ、どっちにしても『一度だけでいい』人だよな…真理さんて。」
…すごい“私”が話題になってる。
仕方ない…よね。“嫌われ者”だから。でも、仕事の手を止めてまで話題になってしまうのは…やっぱり私が悪い。
けれど、今の私にはこの空気の流れを変えるだけの術がわからない…
ズキンと気持ちが痛みを感じて思わず俯いた。
「お前ら~。いい加減に…」
ガツン!
亨が奥の課長席から苦笑いで声をかけた瞬間、違う場所でゴミ箱が音を立てて転がった。
会話がピタリと止み、一斉に視線がそこに向かう。
「あ~…すんません。つい蹴っちゃった。」
出てしまったゴミを片付けると、何ごともなかったかの様にタブレットに目を落とし仕事を続ける渋谷。
「高橋、橘さんのワークショップ、発注済みの綿棒本数確認した?」
「え…?!あ、ああ…確か、参加者人数の倍は発注して…」
「数字がおかしいかも。」
「え?!マジで?!」
「それから、白石さん、白石さんリーダーで担当していた神宮字駅前のカフェのオーナーに別件で会ったんですけど“白石さんに会いたい”って叫んでました。」
「本当かよ〜!」
「あそこのオーナー弱気な所ありますからね。白石さんの声、聞きたいみたいです。手が空いてる時で良いんですみません、連絡して貰えると…」
「ったく。あのオーナー前からそうなんだよな〜…弱気になると連絡してくんだよ…。まあ、連絡してみるわ。ミヨちゃん、ごめん。案件資料一覧てさ…」
「あ、それなら…」
冷静な言葉と滑らかなやり取りに課内の空気がまた仕事へと流れ出す。
やっぱり凄いな、渋谷は…。
自分のせいで空気の乱れた課内を軌道修正してくれた事に感謝をすると同時に、動揺していたとはいえ、跳ね退けてしまった自分の行ないを反省した。
謝れる機会があるなら、きちんと謝ろう。
少なくとも、私を捜して小会議室まで来てくれたんだから。
…でもまずは、目の前の事から。
私がドアから顔を見せると、一瞬課内に緊張が走って視線が集まる。
そんな中、渋谷だけは素知らぬ顔でタブレットに目を落として仕事を続けている。
それがまた、心強く思えた。
…よし。
お腹に力を入れて亨のデスクの前に立つ。
「真田課長。先ほどは、橘さんの件、ありがとうございます。
真田課長が後を引き継いでくださるなら安心です」
一礼した私の背中から少しどよめきが起こった。