Monkey-puzzle





車を走らせて、都心を抜けて着いた先は小さな水族館。


「ここ小さいけど、ショーとかイベントが結構豊富で楽しいんだって。真理さん、こういう所好きそうだなって思って。」


ちゃんと考えてくれてたんだ…。
みっちゃんの言う通りだな。デートの時は委ねてみるのもあり。勉強になった。


それにしてもよく知ってたな、私が水族館が好きだって。


「ほら、クライアントとの打ち合わせで行った先の寿司屋の水槽に張り付いてたでしょ?前世猫?って思う位に。」


…見られてたのか。
だって、魚が泳いでいる姿って、ゆったりしていて気持良さそうでさ…ああいう空間を作れたらなと思うと、つい張り付いちゃうんだもん。


「あれはたまたまだよ…」と誤摩化しながらシートベルトを外していたら、視界を塞ぐ程大きな紙袋が目の前に現れた。


「真理さんにあげる。」


紙袋の端から見える渋谷は至って普通の笑顔。「あけて?」と言われて中に入ってる箱を取り出して開けてみたら、ベージュと白のツートンカラーでポインテッドトゥのレザーローファーが出て来た。


「まあ、余計なお世話かもとも思ったんだけどさ。
今日は休日なわけだし、わざわざコケる必要もないんじゃないの?ってね。」

「…。」

「気に入らないなら、別に履かなくてもいいし。」


…魚の事もそうだけど、渋谷って本当によく見ている。


どうしても不安定な高さが好きになれないピンヒール。
だけど仕事の時は、少しでも虚勢を張りたくて『負けたくない』と何に対してかよくわからない意地もあって、逆にピンヒール以外は履こうと思わなかった。

だからなのか、社内でも私はいつもピンヒールを履いていると言うイメージがあるらしくて、亨も昔誕生日にピンヒールをプレゼントしてくれた事があったし、「木元さんてピンヒールが似合うよね、お高く止まってて」なんて陰口を耳にした事もある。

けれど、本当は私にとってピンヒールは『履かなくて済むなら履かない靴』なわけで。

同じ社の人間でそこを見抜いたのって、渋谷が初めてかもしれない。


「今回はそれだけど、あるみたいだよね?ヒールが太いけど可愛く見える靴。フラットシューズに詳しいヤツがいて色々教えてもらった。知ってる?一課の鎌田樹。結構凄いって有名な男だけど。」

「名前だけは何となく…」


おざなりに返事をしながら、ずっと靴を見ていた。
滑らかな手触りと、シンプルながら控えめな可愛いデザインに頬が緩む。

渋谷が選んでくれた靴…。
嬉しい。履き替えよう。

取り出したら、ヒョイッと手から抜き取られた。


「やっぱあげない」
「え?!な、何で…っ」


取り返そうと伸ばした手を手首で捕らえられる。渋谷の身体がかぶさる様に近づいて噛み付くようなキスが降って来た。


「俺の事は知らなかったくせに、樹は知ってんでだ。」
「な、名前だけ何となく、だよ…。」
「目立つもんね、樹は。」


リップ音の狭間に漏れる吐息を掬い取る様に何度も唇を塞がれる。渋谷との間にある紙袋がガサリと音を立て、スカートの裾から太腿に掌が這い始めた。


「ま、待って…」


耳に渋谷の舌先が触れて突然の生暖かい感触。


「ちょっ…とやっ…だ。」
「…耳、弱い?」


荒めの息に鼓膜を刺激されながら同時に撫で回される太腿。

体全体が熱を持って強ばった。


「…やっぱ行こっか、ホテル。それとも、ここで抱かれる?」


「選んでいいよ」と首筋に唇を触れさせる渋谷。


だめだ…頭の中が真っ白で何もきちんと考えられない。


「渋谷と居られるならどこだっていい…よ。」


無意識に呟いてしまった言葉。
それに反応する様に手首が解放されて頬を両手で覆われる。そのままおでこ同士がくっついた。


「真理さん…好き。」


渋谷の言葉が全身に染み渡って痺れを起こす。


…だけど。
同時にそこに亨の言葉が過った。


『自覚しろ、お前は嫌われ者だって』


…そうだよ。
私と居ても、きっと不利益に働く事だらけ。渋谷にとって、得な事なんて一つもない。


覗き込む様に再び近づいて来た薄めの唇を胸元を押して拒んだ。


「…水族館の中、見たいな。イベントとかショーが豊富なら、すっごい興味あるし。」


熱くなった目頭を隠す様に一生懸命作った笑顔。
黒縁眼鏡の奥の綺麗な薄い褐色の瞳に映ったそれを見て、少しだけ安心した。


良かった…笑えてる。


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