Monkey-puzzle
◇
田所さんの案内で行った先のイタリアンレストラン。駐車場で橘さんと合流してから中に入った。
建物は小民家風の一軒家で小さいけれど一歩中に入ると雑貨などが上手くちりばめられている素敵な空間。
田所さんが「こんばんは」と笑顔で入って行くと、中からいらっしゃいませと、顔立ちがはっきりした男性が現れた。
黒シャツに白くて長いエプロン…この人がシェフの人かな?
「優香ちゃんいつもありがとうな。」
「榊さんのお料理が美味しいから、つい足が向いちゃうんです。」
ここが田所さんのいきつけ…。
私のおっちゃんの所とは大分違うな。
どう考えても、渋谷にはこっちの方が絵になる。
内心気後れしつつ、笑顔でシェフの榊さんにご挨拶代わりに出した名刺。
受け取った榊さんは、私と渋谷のそれをみて目を丸くした。
「アルヴォイ企画さんですか?!」
渋谷と顔を見合わせると、榊さんは嬉しそうに笑う。
「すみません、つい興奮してしまいました。ここを開いた時のオープニングパーティーでアルヴォイ企画さんにお世話になったもんで。」
この規模だと、三課だよね…。
「失礼ですが、何年前でしょうか。」
「親父の代の時だから…10年程前位だと。」
10年前…
渋谷はもちろん入社していないし、私もギリギリ入社しているかどうかの時だ。
ふっと頭に浮かんだ一人の人物。
「親父がその時担当してくれた人の事えらく気に入ってまして。
今でも年に数回、ここに足を運んでくれます。山田さんって方、いらっしゃいませんか?」
ああ、やっぱり。
山田部長だ。
フワリと笑う白髪の笑顔が目の前に浮かんで、頬が緩んだ。
「あのパーティーがとても印象的で。だからあの時の雰囲気をそのままお店にずっと生かし続けているんです。」
凄いな…このお店の雰囲気の元を作り上げただなんて。
榊さんの料理は出てくるもの全てが美味しかった。
それに合わせて出してくれる飲み物も、アルコール、ノンアルコールに関わらずとても美味しくて、自然と皆が笑顔になれる。
…今度は山田部長と来たい。
そんな想いを抱いて、後にしたお店。
気乗りがしないなんてへそを曲げていて申し訳なかったな。
連れて来てくれた田所さんに本当に感謝しないと。
「田所さん、今日は誘っていただいて、本当にありがとうございます。」
「いえ。私も、とても楽しかったです。
それにしても、お二人の会社が榊さんの所のオープニングパーティーに関わっていらっしゃったなんて素敵なご縁ですね。」
「私も嬉しくて飲み過ぎちゃいました」と少しよろけた田所さんを渋谷が受け止めた。
「飲み過ぎでしょ、いくらなんでも。」
「す、すみません、大丈夫ですから。」
慌てて起き上がる田所さんの頬が余計に赤みを増す。
「いや、大丈夫じゃないでしょ。送るから車に乗って?智ちゃん、真理さんよろしくね。」
「え…ちょっ、し、渋谷…」
「真理さんまた明日ね。とは言え、俺、明日はほぼ外回りだから会わないかもだけど。」
田所さんを支える様にさっさと去ってく渋谷に抱いた寂しさ。
まあ…拒んだのは私だし。
『月曜日1日一緒に居てくれたら、離れてあげる』
渋谷はもうこれで満足した、と言う事だよね。
それにしても…
『真理さん…好き。』
こんなに呆気ないもの、だったんだね。
「木元さん?送るよ?」
二人の背中を意気消沈気味に見送っていたら、横に並んだ橘さんが少し私を覗き込んだ。
…渋谷とはここでバイバイだけど、それはそれ。
橘さんに送って頂くわけにはいかない。噂の事もそうだし、先ほどの電話から察するにお忙しいはずだから。
担当を外れた事、席に着いた時にお詫びしたけれどもう一度改めてお詫びして失礼しよう。
「橘さん、ワークショップ開催間近に担当、しかもリーダーが変わってしまい申し訳ありませんでした。」
頭を深く下げた私に橘さんは苦笑いを浮かべる。
「…ここでお詫び?」
「も、申し訳ありません。きちんとした場でお詫びをするのが正当かとは思うのですが、中々お会いする事が出来ませんでしたので。」
「さっきも謝ってた気がする、俺と田所さんに。」
「そ、そうですが…。」
「まあでも、それ含め、送りがてら話そうかって俺は思ってんだけど。」
「で、でも無理に来ていただいたわけですし、その上送っていただくわけには…」
生暖かい風が吹いて横髪が顔にかかる。それを俯きながら耳へと戻した瞬間、身体が温もりに包まれる。
う、うそ…抱き締め…。
「…言い訳その1、ちょっと色々焦りが生じてる。
その2、酔っぱらってる…って俺、アルコール飲んでなかった、しまった。」
スーツの上からだと分からない橘さんの逞しい腕の感触が身体に伝わって来る。予想だにしない展開に鼓動が早く動き出した。
「…多方面から事の真相は聞いたよ。多分、俺達が絡むのを良く思ってないヤツが居るんだと思う。」
少しだけ身体を離して私を覗き込む橘さん。
「だったら、噂、本当にしてもいっかなって俺は思ったんだけど。
さすがに、『枕』は撤回したいけどね?木元さんの名誉の為にも。
だけど、俺が木元さんに惚れ込んでんのは事実だし。」
「た、橘さん…何言ってるんですか。」
その胸元を押して離れようとしたら、腰から抱き直された。
「今日、恭介と居たんでしょ?休みなのに」
「そ、それは…」
「さっき、『今日は休みだった』って二人ともバラバラに言ってたから。
さっきのスマホでの会話を総合するとそうかなって。」
頭の中が驚きと受け入れられない現実で混乱していて、どうしていいのか全くわからない。
「車に乗ってくれますか?お嬢さん。」
「あ、あの離して…。」
「送らせてくれるなら。」
「わ、わかりました…。」
戸惑い残るまま車の前まで来ると橘さんが助手席のドアを所作良く開けてくれた。
田所さんの案内で行った先のイタリアンレストラン。駐車場で橘さんと合流してから中に入った。
建物は小民家風の一軒家で小さいけれど一歩中に入ると雑貨などが上手くちりばめられている素敵な空間。
田所さんが「こんばんは」と笑顔で入って行くと、中からいらっしゃいませと、顔立ちがはっきりした男性が現れた。
黒シャツに白くて長いエプロン…この人がシェフの人かな?
「優香ちゃんいつもありがとうな。」
「榊さんのお料理が美味しいから、つい足が向いちゃうんです。」
ここが田所さんのいきつけ…。
私のおっちゃんの所とは大分違うな。
どう考えても、渋谷にはこっちの方が絵になる。
内心気後れしつつ、笑顔でシェフの榊さんにご挨拶代わりに出した名刺。
受け取った榊さんは、私と渋谷のそれをみて目を丸くした。
「アルヴォイ企画さんですか?!」
渋谷と顔を見合わせると、榊さんは嬉しそうに笑う。
「すみません、つい興奮してしまいました。ここを開いた時のオープニングパーティーでアルヴォイ企画さんにお世話になったもんで。」
この規模だと、三課だよね…。
「失礼ですが、何年前でしょうか。」
「親父の代の時だから…10年程前位だと。」
10年前…
渋谷はもちろん入社していないし、私もギリギリ入社しているかどうかの時だ。
ふっと頭に浮かんだ一人の人物。
「親父がその時担当してくれた人の事えらく気に入ってまして。
今でも年に数回、ここに足を運んでくれます。山田さんって方、いらっしゃいませんか?」
ああ、やっぱり。
山田部長だ。
フワリと笑う白髪の笑顔が目の前に浮かんで、頬が緩んだ。
「あのパーティーがとても印象的で。だからあの時の雰囲気をそのままお店にずっと生かし続けているんです。」
凄いな…このお店の雰囲気の元を作り上げただなんて。
榊さんの料理は出てくるもの全てが美味しかった。
それに合わせて出してくれる飲み物も、アルコール、ノンアルコールに関わらずとても美味しくて、自然と皆が笑顔になれる。
…今度は山田部長と来たい。
そんな想いを抱いて、後にしたお店。
気乗りがしないなんてへそを曲げていて申し訳なかったな。
連れて来てくれた田所さんに本当に感謝しないと。
「田所さん、今日は誘っていただいて、本当にありがとうございます。」
「いえ。私も、とても楽しかったです。
それにしても、お二人の会社が榊さんの所のオープニングパーティーに関わっていらっしゃったなんて素敵なご縁ですね。」
「私も嬉しくて飲み過ぎちゃいました」と少しよろけた田所さんを渋谷が受け止めた。
「飲み過ぎでしょ、いくらなんでも。」
「す、すみません、大丈夫ですから。」
慌てて起き上がる田所さんの頬が余計に赤みを増す。
「いや、大丈夫じゃないでしょ。送るから車に乗って?智ちゃん、真理さんよろしくね。」
「え…ちょっ、し、渋谷…」
「真理さんまた明日ね。とは言え、俺、明日はほぼ外回りだから会わないかもだけど。」
田所さんを支える様にさっさと去ってく渋谷に抱いた寂しさ。
まあ…拒んだのは私だし。
『月曜日1日一緒に居てくれたら、離れてあげる』
渋谷はもうこれで満足した、と言う事だよね。
それにしても…
『真理さん…好き。』
こんなに呆気ないもの、だったんだね。
「木元さん?送るよ?」
二人の背中を意気消沈気味に見送っていたら、横に並んだ橘さんが少し私を覗き込んだ。
…渋谷とはここでバイバイだけど、それはそれ。
橘さんに送って頂くわけにはいかない。噂の事もそうだし、先ほどの電話から察するにお忙しいはずだから。
担当を外れた事、席に着いた時にお詫びしたけれどもう一度改めてお詫びして失礼しよう。
「橘さん、ワークショップ開催間近に担当、しかもリーダーが変わってしまい申し訳ありませんでした。」
頭を深く下げた私に橘さんは苦笑いを浮かべる。
「…ここでお詫び?」
「も、申し訳ありません。きちんとした場でお詫びをするのが正当かとは思うのですが、中々お会いする事が出来ませんでしたので。」
「さっきも謝ってた気がする、俺と田所さんに。」
「そ、そうですが…。」
「まあでも、それ含め、送りがてら話そうかって俺は思ってんだけど。」
「で、でも無理に来ていただいたわけですし、その上送っていただくわけには…」
生暖かい風が吹いて横髪が顔にかかる。それを俯きながら耳へと戻した瞬間、身体が温もりに包まれる。
う、うそ…抱き締め…。
「…言い訳その1、ちょっと色々焦りが生じてる。
その2、酔っぱらってる…って俺、アルコール飲んでなかった、しまった。」
スーツの上からだと分からない橘さんの逞しい腕の感触が身体に伝わって来る。予想だにしない展開に鼓動が早く動き出した。
「…多方面から事の真相は聞いたよ。多分、俺達が絡むのを良く思ってないヤツが居るんだと思う。」
少しだけ身体を離して私を覗き込む橘さん。
「だったら、噂、本当にしてもいっかなって俺は思ったんだけど。
さすがに、『枕』は撤回したいけどね?木元さんの名誉の為にも。
だけど、俺が木元さんに惚れ込んでんのは事実だし。」
「た、橘さん…何言ってるんですか。」
その胸元を押して離れようとしたら、腰から抱き直された。
「今日、恭介と居たんでしょ?休みなのに」
「そ、それは…」
「さっき、『今日は休みだった』って二人ともバラバラに言ってたから。
さっきのスマホでの会話を総合するとそうかなって。」
頭の中が驚きと受け入れられない現実で混乱していて、どうしていいのか全くわからない。
「車に乗ってくれますか?お嬢さん。」
「あ、あの離して…。」
「送らせてくれるなら。」
「わ、わかりました…。」
戸惑い残るまま車の前まで来ると橘さんが助手席のドアを所作良く開けてくれた。