Monkey-puzzle




爛々とした目で俺達の会話に入り込んで来る”大紀”。
…このタイミングで会話に入って来るって、独特だなこの人。


怪訝そうにした俺に智ちゃんが少し困った様に眉を下げる。

「ああ…前にね、一度だけ木元さんをここへ連れて来たんだよ。」
「ふーん…。」

真理さん、こんな所にしかも智ちゃんに連れて来られてよくなびかなかったな。
俺が女ならイチコロだって思うけど。


『おっちゃん!熱燗おかわり!』

不意に、ご機嫌に顔を赤くしてからのおちょこを振ってる真理さんを思い出して頬が緩んだ。それを慌ててビールを飲んで誤摩化す。

…なびかないか、あの人は。


「言っとくけど、そん時は別に口説いてねーよ?」
「…『そん時は』」
「そこ、揚げ足とんなって。つか、メールの犯人の話だろ?ここに来てだんまりは無しでしょ。俺、これでも結構頑張って協力したぜ?」

「うん、ありがとう。智ちゃん。」

「いや、別にいいんだけどさ。あのタイミングからして、疑っちゃ悪いけど、『メールの犯人』って田所さんか田所さん絡みなんでしょ?」

まあ…いわずとも、智ちゃんにはわかるよね、その位。

「…今は、近づくなと言われてる。」
「は?!」

予想外の答えだったのか、瞬時に驚きに満る大きな眸。
その反応に思わず含み笑い。

「え?何?上手くいってんの?いってないの?どっちなんだよ。」

また俺の表情から大体の事を読み取ったのか、混乱しつつも苦笑い。

本当に好きだわ、智ちゃん。

「智ちゃん、うちの社でやっている社内コンペって知ってる?」

「ああ…聞いた事はある。結構大々的だよな。数社の協賛が作ってさ。役職クラスが絡まないから平等にチャンスはあるし…すげーなとは思ってたけど…まさか。」

「そのまさかです。ライバルになったもんでね。『近づくな』と。」

いやね?俺だって別に、毎日会ってイチャイチャしてくれって言ってるわけじゃないんだよ。
だけどやっとの思いでここまで辿り着いたんだよ、こっちは。
少しは労って貰おうかな…なんて思ってたのに。


『渋谷と一緒に居たらコンペを投げ出してしまうから』

あんな事、本気で言うとかずるいでしょ。
我慢するしかなくなるじゃん、そんなの。


「あの人、一度決めたら覆さないから。」
「…それはわかるかも。」


苦笑いで、俺から目をそらすイケメン調香師。
そういやこの人、やけにさっぱり爽やかに真理さんの話題を聞いてくるな、今日。


「…ねえ、この前、真理さんと何もないよね?」
「はっ?!無いに決まってんだろ!」
「…俺、今すぐでも呪い殺せる用意が…」
「ほら、恭介、飲もうぜ!俺の奢りだから!」


“何か”は…あったな。
だけど、問題にするに値しないって所な気がする。

「でもさ…あれだけ恭介の事好きなら、色々拘らずに素直になればいいのにって思うけど。結構てこずってるもんな、恭介も。」


『あれだけ』って何だよ、『あれだけ』って。
俺より先に、真理さんの気持ちを確認したなイケメン調香師め。

「正直、俺ももっとすんなりいけるかとは思ってた。智ちゃんの口説きとかなければ。」
「ぐっ!ゴホっ!」


おし、仕返し完了。
シェリートニックを爽やかに飲み干すと二杯目が目の前に置かれた。


「真理ちゃんて、意外と手強いんだね…」

そうなんですよ、捕まえたと思ったら、すぐ勝手に逃げてくし…

「っていきなり会話に入らないでよ、大ちゃん。」
「『大ちゃん』!」

何だか大喜びなんですけど、この人。

「真理ちゃんて、あれみたいだね…あれ!ほら、あれだよ!」

や、「わかるでしょ?」と目を輝かせて言われても、「あれ」だけじゃわからないって。

「ごめん大紀、情報が少なすぎてわからない。」

智ちゃんも隣で笑う。


「えー智ちゃんほら、あれだよ、南米のさ…猿が上れないって木!」

猿が上れない…木?


「ああ…」
「あっ!思い出した!」


「「モンキーパズル!」」


「…よくまあ、そこまで声が揃う事。」

「や、そこじゃねーし、食いついて欲しいのは。」

ラガブーリンの注がれたショットグラスに口を付け、智ちゃんが楽しそうに笑う。

「南米に『猿が攻略出来ない木』って言うのがあってさ。
木の幹とか枝とかがツルツルな上に、葉がもの凄い尖ってて、さすがの猿も上れない」

「それが“モンキーパズル"…」

「そう。」

確かに、何度も『手に入る』って思ってもどうも上手く事が進まないよね、真理さんとの事って。真田さんも「『あいつは誰にも攻略出来ない』なんて言っていたらしいし。

妙に納得の行く例えに感心を抱いて目の前でグラスを拭いている“大紀”に目をやった。

「と言う事は、俺は猿ってこと?」

「えっ?!違うよ!ねえ、智ちゃん!」

「そこで俺に振るなって…。まあ、恭介なら攻略できんじゃない?」

「そうだよね!だって、猿って言うよりさ…ボーダーコリーって感じ?」

ボーダーコリーって…あの牧羊犬として有名な白黒の犬?

…それ、褒められてんのか?どうなの?
いや、それ以前に猿に上れない木が、ボダーコリーに登れるとは思えないんだけど。

「恭介は可愛い顔してるから。大丈夫!」と男に対してどうかと思う褒め言葉を言って退けている大ちゃんのドヤ顔ぶりから、激励の意が強いと良い方に判断して「どうも」と答えた。


まあ…さ。
ボーダーコリーだろうが、猿だろうが、関係ないんだけどね。


再び含んだシェリートニックがやけに喉を刺激して、だけど変わらず爽やかで。
またあの日の真理さんが脳裏に蘇る。


『はい、このメガネ使って!』


…あの日から、微塵も変わってないから。

“絶対に『この人』に辿り着いてみせる”と言う、俺の意志は。

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