Monkey-puzzle
黒縁眼鏡と過去
◇◇
―遡る事6年程前の冬―
雪が少し舞い散る、そんな日だった…。
「ゲエッホッ!!」
人通りの多い歩道と言うのはわかっていたけど、襲って来た悪寒と吐き気に耐えられなくて、ガードレールに寄っかかってしゃがみ込んだ。
大学4年の時にインターンシップで受かった、とある会社。
俺の世話係になった先輩は、仕事が始まると同時に、やたら酒を飲みに連れ回るような女だった。
連日連れ回したあげく、日に日に、『二人で』残業も増えていって、何故か、休日の買い物やら映画を見に行くのやらにまで付き合わされる。
断ろうとすれば「新人なんだから」とやたら怒られて、精神的なのか、肉体的なのか、身体が悲鳴を上げ始めていたんだって思う。
前日夜遅くまで体調が悪いのにやたら飲まされたせいか、その日も朝から目眩と異常な程の寒気で立つ足がふらふらしていて、『休ませてもらえませんか』とさすがに朝、電話をかけて泣きついた。
『何甘えた事を言ってるのよ。役立たずなのに、更に仕事もサボろうっての?』
これ…絶対昨日『送れ』って言われて、『今日は勘弁してください』となけなしのお金と一緒にタクシーに押し込んだのを根に持ってるよな…。
なんて思ったけど何も言い返せず、けだるい身体をムチ打って満員電車に乗り込んだ。
けれど、会社の最寄り駅を出て数分歩いた所で、目の前が真っ暗になって更に吐き気に襲われてもう、立っていられなくなった。
何…?社会人てこんな?
皆、そうなの?
行き交う人を背に、身体をただ震わせて吐きたくても、吐けないその現状をただただ、呪う。
「ねえ…あの人よっぱらいかな。朝からやだねあんな所でみっともない。」
「しっ!だめだよ、関わっちゃ。絡まれたら大変じゃん。」
…冷たいね、世間は。
まあ…もういいや。
どうせこの先だって良い事なんてあるわけない。
このままバイバイのがラクだったりするかもね…。
意識が遠のいてく瞬間だった。
「ねえ!ちょっと、大丈夫?!」
通勤する人達が行き交う場所でひときわ通る聞きやすいハッキリとした声。
……誰だ?
「あなた、すごい震えてる。」
そっと抱きかかえてくれる腕がやけに温かく感じた。
「わっ!身体が熱い!とりあえず、そこの公園のベンチに座ろうか?歩ける?」
立った瞬間に目線も上げたけど…最悪。片方コンタクト落としたな。
変な風にぼやける視界に余計に吐き気がこみ上げる。
「ぐっ…。」
「吐きたい?トイレに行く?」
「いや、俺、吐けないタイプなんで…。」
「じゃあ、お水飲む?」
ベンチに俺を座らせると、自分のコートをおもむろに脱いで俺にふわりとかけるその人。
「ちょっと待ってて!私、あっちのコンビニでお水買って来るから。」
そのまま、履いていたヒールをポイポイっとその場に脱ぎ捨てた。
「ちょ、ちょっと…」
「待ってて!すぐ戻るから!凍えて眠っちゃダメだよ!」
「や、靴…。」
「ピンヒールだと、ダッシュ出来ないから!コケるの!」
ストッキングのまま、雪のちらつく寒空の下を走っていく姿を為す術無くぼんやりと見ていた。
かけてくれたコートの感触が妙に柔らかく思えて微かに香る優しい香りに少しだけ吐き気が収まった気がする。
思わず目の前に乱雑に転がっている靴を手に取った。
―遡る事6年程前の冬―
雪が少し舞い散る、そんな日だった…。
「ゲエッホッ!!」
人通りの多い歩道と言うのはわかっていたけど、襲って来た悪寒と吐き気に耐えられなくて、ガードレールに寄っかかってしゃがみ込んだ。
大学4年の時にインターンシップで受かった、とある会社。
俺の世話係になった先輩は、仕事が始まると同時に、やたら酒を飲みに連れ回るような女だった。
連日連れ回したあげく、日に日に、『二人で』残業も増えていって、何故か、休日の買い物やら映画を見に行くのやらにまで付き合わされる。
断ろうとすれば「新人なんだから」とやたら怒られて、精神的なのか、肉体的なのか、身体が悲鳴を上げ始めていたんだって思う。
前日夜遅くまで体調が悪いのにやたら飲まされたせいか、その日も朝から目眩と異常な程の寒気で立つ足がふらふらしていて、『休ませてもらえませんか』とさすがに朝、電話をかけて泣きついた。
『何甘えた事を言ってるのよ。役立たずなのに、更に仕事もサボろうっての?』
これ…絶対昨日『送れ』って言われて、『今日は勘弁してください』となけなしのお金と一緒にタクシーに押し込んだのを根に持ってるよな…。
なんて思ったけど何も言い返せず、けだるい身体をムチ打って満員電車に乗り込んだ。
けれど、会社の最寄り駅を出て数分歩いた所で、目の前が真っ暗になって更に吐き気に襲われてもう、立っていられなくなった。
何…?社会人てこんな?
皆、そうなの?
行き交う人を背に、身体をただ震わせて吐きたくても、吐けないその現状をただただ、呪う。
「ねえ…あの人よっぱらいかな。朝からやだねあんな所でみっともない。」
「しっ!だめだよ、関わっちゃ。絡まれたら大変じゃん。」
…冷たいね、世間は。
まあ…もういいや。
どうせこの先だって良い事なんてあるわけない。
このままバイバイのがラクだったりするかもね…。
意識が遠のいてく瞬間だった。
「ねえ!ちょっと、大丈夫?!」
通勤する人達が行き交う場所でひときわ通る聞きやすいハッキリとした声。
……誰だ?
「あなた、すごい震えてる。」
そっと抱きかかえてくれる腕がやけに温かく感じた。
「わっ!身体が熱い!とりあえず、そこの公園のベンチに座ろうか?歩ける?」
立った瞬間に目線も上げたけど…最悪。片方コンタクト落としたな。
変な風にぼやける視界に余計に吐き気がこみ上げる。
「ぐっ…。」
「吐きたい?トイレに行く?」
「いや、俺、吐けないタイプなんで…。」
「じゃあ、お水飲む?」
ベンチに俺を座らせると、自分のコートをおもむろに脱いで俺にふわりとかけるその人。
「ちょっと待ってて!私、あっちのコンビニでお水買って来るから。」
そのまま、履いていたヒールをポイポイっとその場に脱ぎ捨てた。
「ちょ、ちょっと…」
「待ってて!すぐ戻るから!凍えて眠っちゃダメだよ!」
「や、靴…。」
「ピンヒールだと、ダッシュ出来ないから!コケるの!」
ストッキングのまま、雪のちらつく寒空の下を走っていく姿を為す術無くぼんやりと見ていた。
かけてくれたコートの感触が妙に柔らかく思えて微かに香る優しい香りに少しだけ吐き気が収まった気がする。
思わず目の前に乱雑に転がっている靴を手に取った。