Monkey-puzzle

そう結論づけても、あの時の男の子の顔は思い出せない。
ただ、苦しがる彼を少しでも楽にしてあげたいって、必死だった事しか…。

けれど、代わりに思い出した事。
あの時、眼鏡もあげて、後で同じ物を急いで作ったんだよ、私。


「し、渋谷…その眼鏡…」

震える手でフレームに触れたら、それをキュッと渋谷の掌が包み込む。


「…言ったでしょ?『大切な人から貰った』って。」


もう片方の渋谷の手が伸びて来て、指が優しく髪に通された。


「俺、結構しつこいよね。自分でも何度も『しつこい』って呆れた。」


目頭が熱くなって、柔らかく笑う渋谷の顔がぼやける。


『初めてじゃないよ』

『…覚えてない?』


ごめんね、渋谷…。
何度も渋谷は思い出して欲しいって訴えていたのに、私、全然思い出さなかった。


目尻を辿られ視界がクリアになると、その先に再び渋谷の優しい表情が現れる。

「あの…渋谷…ごめんね。」
「何で?」

「だって…」と口を濁した私を包み込む渋谷の腕。


「前も言ったけどさ、今の俺が俺だと思ってくれた方が良いから。
あんな無様な姿、覚えてない方がラッキーでしょ?」

「で、でも…」

ソファに片足を乗せて私の方を向いて片腕で私を抱き寄せたまま、もう片方の掌がまた髪に通された。

「確かに、あの時真理さんにもう一度会いたいと思ったのは確かだけど。俺だって実際に真理さんの事をちゃんと知ったのは再会してからだし。」

いやでも、待って…再会したのって会社で、でしょ?

「渋谷、よく幻滅しなかったね…。」

「何で?」と楽しそうに笑いながら、おでこに触れるその唇。

「だって…さ。私、口調はキツいし」
「だね。新人研修の時、少し話しかけただけですげー怒られた。」


今度は、頬骨に柔らかく触れる。


「ピンヒールで…コケるし。」

「助けてあげたら怒るしね。」

「……。の、飲み方オヤジみたいだし」

「オヤジみたいっつーか、オヤジの類いでしょ、あれは。」

オヤジの…類い。

ムッとした私を渋谷は楽しそうに笑って後頭部に手を回してコツリとおでこをつけた。
同時に黒縁眼鏡が目元に触れてカチャリと少し音を立てる。

「その上、頑固でワガママで、人の事振り回すしね。」とこぼす渋谷の表情はそれとは裏腹に優しいまま。


「だけど、出会ったあの時よりずっと今のが真理さんを好きだから。」

「オヤジの類いなのに…?」


自虐的に呟いた言葉に渋谷がクッと笑って、鼻をすり寄せる。

「…ちゃんと俺が真理さんの全部、引き受けますのでご安心を。」

唇同士が触れ合った後に見えた眼鏡の奥では、綺麗な薄ブラウンの瞳が揺らめきながら光を放っていた。


「…やっと辿り着いた、ここまで。」

少し乱暴な噛み付くようなキスが降って来て、身体がソファに組み敷かれる。


「もう絶対逃がさない。」

吐息まじりの甘い言葉に全身が痺れを起こして熱を持った。
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