Monkey-puzzle
◇◇
「…で?どういう事?」
真理さんが異動して二週間程経った今、忙しい最中の昼休みに異議申し立てをしに書庫整理部へと足を運ぶ俺。
「ちょっと、渋谷、仕事に戻りなよ!私忙しいんだから!」
いや、ちゃんと答えを頂けるまでは戻れませんよ、俺は。
俺に目もくれずにパソコン画面と向き合っている真理さんに目を細めたら、隣の山田部長が楽しそうに笑った。
「渋谷くん、ゆっくりしてってね?ほら、木元くん、君もお昼休みなんだから…」
「ダメですよ!
山田部長、二年後に退職するなんて聞いてません!それまでにこの部屋の資料を全部データ化しないと…。大体、ここにある資料全部頭に入ってるって、どうなってるんですか?山田部長の頭の中!」
山田部長が「おれ、今日はそば屋!」と出て行ったのを確認してから、真理さんの机の横に椅子を持って来て詰め寄った。
「真理さん」
「な、何…」
「『何』じゃないでしょうが。『2年は結婚出来ない』ってどう言う事だよ。」
「だ、だから、この書庫整理部にある資料を全部、二年以内にデータ化して、社内のどこからでもパソコンで見れる様にしたいの!
膨大な量なんだよ?もっと気長にやるつもりだったのに…まさか、2年後に退任されるとは。山田部長じゃないと分からない事だらけなんだよ?」
それはね?わかるんだけどさ…。
「だから、それが終わるまではそれが気になって他の事はちょっと…。」
ダメだ、この人。
何だか知んないけど、智ちゃんオリジナルの香水、机に飾ってるしさ・・・
いつの間に会ったんだよ、智ちゃんに。
まあ、どうせ智ちゃんはまた海外に行っちゃったし…っていいんだよ、この際、智ちゃんの事は。
「…とにかく二年なんて待てない。」
「し、渋谷…」
俺が溜め息まじりに不機嫌に言い放ったら、ようやくパソコンを打つ手が止まって、こっちを向いた。
「あ、あのね?わ、私、ちゃんと渋谷の奥さんになりたいの。
ご両親にもご挨拶して…べ、別に結婚式を盛大にあげたい訳じゃないけど、お世話になった人達には報告もしたいし。」
わかってるよ。
だからこそ、『今抱えてる仕事をきちんと終わらせてから』
不器用だね、相変わらず。
だけど…誠実で、真剣。
まあ、本来ならね。
待っても良いかなって思うんだけど、事情が事情だから…さ。
「一年」
「え…?」
「一年だけ待つつってんの。それ以上は無理。」
「一年じゃ…」
「出来るでしょ?あなた誰?仕事が出来るって評判の木元真理子じゃないの?」
眉間に皺を寄せる真理さんの前で、肩肘をついてそこに頬を置くと小首を傾げて見せて、手元に差し出した俺の異動通知。
『ニューヨーク支部への異動を命ずる』
明らかに真理さんの瞳が見開いて爛々と輝きを増して、思わず頬が緩みそうになった。
「新規のプロジェクトに選ばれた。我が社初の支部は海外だとさ。
樹がリーダーでメンバー集めてんだよ。一年半後には向こうに引っ越すから。
基本は俺の嫁として来て欲しいけど、真理さんが望むならメンバーに参加もありだよ。樹がそれを切望してるから。」
「そ、そんな…私、企画に復帰したらまた色々と迷惑を…。」
「平気だよ。俺が居るんだから。」
「全部引き受けるつったでしょ?」とその身体を引き寄せて、んー…と尖っている真理さんの唇に自分のを軽くつけた。
「…一緒に行ってくれる?」
「うん…。」
それに反応した様に真理さんの臥せがちな瞼の先の睫毛が揺れて、その唇が綺麗な三日月の形に変化する。その穏やかな表情にこの上なく満たされた。
「おめでとう、渋谷…やっぱり渋谷は凄いね。」
「まあ…ね。猿でも登れない木の登頂に成功しましたから。」
言った俺をきょとんと見上げる真理さんに思わず含み笑い。
「アメリカ経由で南米に旅行に行きたい、俺。」
「南米…?リオのカーニバルでも見たい?」
「私は…マチュピチュが見てみたいかな…」と考え出した真理さんを抱き寄せた。
「まあだからさ、死にものぐるいで一年間で終わらせて?」
「そう、だね…うん。やってみるよ。」
決意固く光を放つ俺を真っすぐ映し出す瞳に、出会った時の記憶が蘇る。
『ねえ、大丈夫?!』
…あの時も、あれからも。
俺はあなたに沢山のモノを貰ったって思ってる。
あの出来事が無けりゃ、今の俺は居なかった。
いくら感謝しても足りない、あの時出会えた奇跡
それは確実に真理さんがその手でたぐり寄せてくれたもの。
…だから約束を果たさせてもらうよ?
『出世したら、100倍にして返して!』
まあ…出世は大してしてませんけどね?
やっと今、あなたに辿り着いたんだから
あなたがくれたモノ全部、これから一生かけて100倍にして返させて?
ー『Monkey-puzzle』fin.ー
「…で?どういう事?」
真理さんが異動して二週間程経った今、忙しい最中の昼休みに異議申し立てをしに書庫整理部へと足を運ぶ俺。
「ちょっと、渋谷、仕事に戻りなよ!私忙しいんだから!」
いや、ちゃんと答えを頂けるまでは戻れませんよ、俺は。
俺に目もくれずにパソコン画面と向き合っている真理さんに目を細めたら、隣の山田部長が楽しそうに笑った。
「渋谷くん、ゆっくりしてってね?ほら、木元くん、君もお昼休みなんだから…」
「ダメですよ!
山田部長、二年後に退職するなんて聞いてません!それまでにこの部屋の資料を全部データ化しないと…。大体、ここにある資料全部頭に入ってるって、どうなってるんですか?山田部長の頭の中!」
山田部長が「おれ、今日はそば屋!」と出て行ったのを確認してから、真理さんの机の横に椅子を持って来て詰め寄った。
「真理さん」
「な、何…」
「『何』じゃないでしょうが。『2年は結婚出来ない』ってどう言う事だよ。」
「だ、だから、この書庫整理部にある資料を全部、二年以内にデータ化して、社内のどこからでもパソコンで見れる様にしたいの!
膨大な量なんだよ?もっと気長にやるつもりだったのに…まさか、2年後に退任されるとは。山田部長じゃないと分からない事だらけなんだよ?」
それはね?わかるんだけどさ…。
「だから、それが終わるまではそれが気になって他の事はちょっと…。」
ダメだ、この人。
何だか知んないけど、智ちゃんオリジナルの香水、机に飾ってるしさ・・・
いつの間に会ったんだよ、智ちゃんに。
まあ、どうせ智ちゃんはまた海外に行っちゃったし…っていいんだよ、この際、智ちゃんの事は。
「…とにかく二年なんて待てない。」
「し、渋谷…」
俺が溜め息まじりに不機嫌に言い放ったら、ようやくパソコンを打つ手が止まって、こっちを向いた。
「あ、あのね?わ、私、ちゃんと渋谷の奥さんになりたいの。
ご両親にもご挨拶して…べ、別に結婚式を盛大にあげたい訳じゃないけど、お世話になった人達には報告もしたいし。」
わかってるよ。
だからこそ、『今抱えてる仕事をきちんと終わらせてから』
不器用だね、相変わらず。
だけど…誠実で、真剣。
まあ、本来ならね。
待っても良いかなって思うんだけど、事情が事情だから…さ。
「一年」
「え…?」
「一年だけ待つつってんの。それ以上は無理。」
「一年じゃ…」
「出来るでしょ?あなた誰?仕事が出来るって評判の木元真理子じゃないの?」
眉間に皺を寄せる真理さんの前で、肩肘をついてそこに頬を置くと小首を傾げて見せて、手元に差し出した俺の異動通知。
『ニューヨーク支部への異動を命ずる』
明らかに真理さんの瞳が見開いて爛々と輝きを増して、思わず頬が緩みそうになった。
「新規のプロジェクトに選ばれた。我が社初の支部は海外だとさ。
樹がリーダーでメンバー集めてんだよ。一年半後には向こうに引っ越すから。
基本は俺の嫁として来て欲しいけど、真理さんが望むならメンバーに参加もありだよ。樹がそれを切望してるから。」
「そ、そんな…私、企画に復帰したらまた色々と迷惑を…。」
「平気だよ。俺が居るんだから。」
「全部引き受けるつったでしょ?」とその身体を引き寄せて、んー…と尖っている真理さんの唇に自分のを軽くつけた。
「…一緒に行ってくれる?」
「うん…。」
それに反応した様に真理さんの臥せがちな瞼の先の睫毛が揺れて、その唇が綺麗な三日月の形に変化する。その穏やかな表情にこの上なく満たされた。
「おめでとう、渋谷…やっぱり渋谷は凄いね。」
「まあ…ね。猿でも登れない木の登頂に成功しましたから。」
言った俺をきょとんと見上げる真理さんに思わず含み笑い。
「アメリカ経由で南米に旅行に行きたい、俺。」
「南米…?リオのカーニバルでも見たい?」
「私は…マチュピチュが見てみたいかな…」と考え出した真理さんを抱き寄せた。
「まあだからさ、死にものぐるいで一年間で終わらせて?」
「そう、だね…うん。やってみるよ。」
決意固く光を放つ俺を真っすぐ映し出す瞳に、出会った時の記憶が蘇る。
『ねえ、大丈夫?!』
…あの時も、あれからも。
俺はあなたに沢山のモノを貰ったって思ってる。
あの出来事が無けりゃ、今の俺は居なかった。
いくら感謝しても足りない、あの時出会えた奇跡
それは確実に真理さんがその手でたぐり寄せてくれたもの。
…だから約束を果たさせてもらうよ?
『出世したら、100倍にして返して!』
まあ…出世は大してしてませんけどね?
やっと今、あなたに辿り着いたんだから
あなたがくれたモノ全部、これから一生かけて100倍にして返させて?
ー『Monkey-puzzle』fin.ー