Monkey-puzzle
◇◇






真理さんが異動してから、鬼のように忙しい日がずっと続いていた。


まあ、大物が同時に二人もいきなり居なくなったから、そりゃそうなるだろうって話しだけど。


いや、真田さんを大物とは認めたくないけど。
そこは置いといて。

とにかく、二人の穴を埋めるのはそりゃ尋常じゃないくらい大変で。皆がみんな、フル回転。
もちろん、俺も例外じゃない上に、NY支部の立ち上げプロジェクトに加わってるもんだから、それこそ毎日午前様状態だった。


バレンタイン当日の2月14日。
ようやく全ての仕事が片付いた時には11時を過ぎていた。

それでも、イベント実行当日の企画が多かったせいか、早い方で。
真理さんが今日と言う日を気にしているかどうかはわからないけど、連絡しようと久しぶりにスマホにかけた。


だけどさ…いや、出たには出たんだけどね?


「あ、もしもし?真理さん?」

『……。』

「…もしもし?」

『おかけににゃったれんはばんごう(おかけになった電話番号)はげんざいつかわれれおりませーん!』


…何じゃそりゃ。

呂律が回っていない上に、言い放った後一人でケタケタ笑ってる。

これ、かなり酔ってないか?

真理さんの笑い声に負けず、スマホに耳を押し当てて、注意深く音を聞き取る。
周囲のザワザワ言っている声に、聞き覚えのある「おら、カツさん!」と言うシゲさんの声が聞こえた。

おっちゃんの居酒屋だ…。

そう思った時には会社をダッシュで飛び出してた。












「おっ!恭介、待ってた!」

暖簾をくぐると、おっちゃんが満面の笑みで迎えてくれる。


「やーっと登場したか、王子さんよ!」
「や、色男は遅れて登場するのが世の習わしってもんよ!」

いい感じに出来上がってるシゲさんとカツさんがガハハと笑って歓迎ムード。


「で、あの…真理さんは…。」

恐る恐る聞いた俺に、皆、面白そうに視線を一番奥のカウンター席に向けた。

そこには、空の大ジョッキと熱燗を前にしてテーブルに片頬を付けて寝ている真理さんの姿。

鼻も、顔も耳も、真っ赤…どんだけ飲んだんだ、この人。


「真理さん、ほら、帰るよ!」
「んー?んー…かえらにゃい!」


勢いよく起きた酔っぱらいが潤んだ目を細めて俺をジッと見る。


「あれー?しぶにゃー?」
「はい、渋谷です。迎えに来たんで帰りますよ。」


腕を掴んだらそれを振りほどこうとしてぶんぶん振り回す。


「やらっ!かえりゃない!しぶにゃは忙しいからこんなとこにこないしっ!お前にせものだなー?」


またカラカラと勝手に笑い出したよ…。

何、真理さんて酔っぱらうとこんな感じに面倒くさいの?

そういや、泥酔してる真理さんて今まで見た事なかったかも。
何で今日はこんな荒れてんだ?


おっちゃんにお会計を渡してタクシーを呼んでもらってる間も「にせものめー!」と楽しそうに俺に絡む真理さん。

俺の肩にコテンて頭のっけてくふふと笑う。


「しぶにゃー!会いたかったぞー」


…何これ、普通に可愛いんですけど。
このまま、少し酔っぱらわせとく?


「このさい、にせものでもいい!」


はあっ?!よくねーわ!
俺が本当に偽物だったらどうすんだよ!
あなた完全に偽物にお持ち帰りされてますけど!


「ほら、そんなに酔っぱらってると、迷惑でしょうが。」
「め、めーわく…」


俺の言葉に今度はいきなりボロボロと涙が出て来る。


「しぶにゃがわらしをめーわくっていった…」


あーもう!
こっちは仕事めいっぱいやってきて疲れてんだよ!



「ほら、帰るよ!」
「かえらにゃい!」


押し問答を繰り返して、ようやく押し込んだタクシー。
外まで一緒に真理さんを運んで来てくれたおっちゃんが俺が乗り込む間際にそっと俺に耳打ちした。


「まあ、恭介、許してやって?あのさ…」

……ああ。そう言う事ね。
それで『偽物でもいい』…か。


思わず頬が緩んだ…けど同時に少し苦笑いもした。

これ、“同職種”ならではの悩みってヤツだね…。

真実を教えてくれたおっちゃんに感謝して辿り着いた自分のマンション。


「ほら、真理さん、水。」
「う、うん…」


真理さんは少し酔いが醒めて来たのか、それを素直に飲むと気まずそうに少し俯いた。
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