Monkey-puzzle
黒縁眼鏡と行きつけ居酒屋
◇
橘さんとのミーティングを終えた後、渋谷を連れて行った先は都会の喧噪を少し離れて各駅停車しか停まらない駅。
古びた商店街の真ん中辺に位置する私の“いきつけの店”は相変わらず、ぼやっとした提灯が風にのんびり吹かれていた。
「おっちゃん!こんばんは!」
「おう、真理ちゃん、久しぶりじゃねーか…っておっ?」
ガラガラと引き戸を開けて入った暖簾の先で、店主のおっちゃんが白い歯を見せた。
「真理ちゃん、彼氏?ずいぶん色男連れてんじゃん。」
「違うよ、会社の後輩!」
「…どうも」と少し逃げ腰に見える渋谷に思わず含み笑い。
「渋谷、そっちの奥に座ろうか。」
「え?あ、はい…。」
素っ頓狂な返事が可笑しくて「ほら、早く!」と陽気に背中を押した。
「おっちゃん、ビール二つね!」
「おう。」
席について上着を脱ぎ始めると、カウンターの反対側から鼻の頭を赤くした常連のシゲさんがおちょこ片手にニコニコ笑う。
「真理ちゃんもついに彼氏を連れてくるようになったか。」
「だから彼氏じゃないって。私の心の恋人はシゲちゃんでしょ?」
「おっ!そうきたか。青年!シゲちゃんがライバルじゃ、よっぽど頑張らないと勝てねえな!」
シゲさんの隣の同じく常連のカツさんが大口を開けて豪快に笑う。
「おら、二人とも、その位にしとけ。日本酒に水混ぜんぞ。」
おっちゃんが苦笑いで「すみません、二人とも気はいいんですよ」と渋谷に声をかけながらビールと一緒にお通しのたこわさと胡麻和えを出してくれた。
それによそ行きの笑顔で応える渋谷。
やっぱりこんな所に連れてくる様な先輩はヒくよね。正しい反応だよ、渋谷。
まあ…これで渋谷が強引に私に絡む事はなくなるはずだから、結果オーライかな。
「ごめんね?こんな感じで。大分がっかりしたでしょ。」
ビールジョッキを「お疲れさま」と笑顔で持って見せたら、渋谷も習ってジョッキを持つ。私の方に身体を少し向けた途端、いつもの余裕の笑みが復活した。
「いや?寧ろ嬉しいかも。」
う、嬉しい…?
「ほら、乾杯しますよ!」
「う、うん…」
ジョッキを合わせた後も、眼鏡の奥の目は実に楽しげ。
もしかして、意外とこういうオヤジ臭い場所が好きだったりするのかな?
◇
「いいか、恭介よ。ぜってーオトせよ!真理ちゃんは、世界一イイ女だ!」
「そうだぞ!俺たちはお前を応援してる!」
「どうも。」
そろそろ帰ろうかという頃には、シゲさんカツさんとよくわからない意気投合をするまでに居酒屋の雰囲気にとけ込んだ渋谷。
目論み通りでは無かったけれど、つれて来た身としてはやっぱり嬉しい。
それにシゲさんもカツさんも、気はいいけど結構人を選ぶ。私も何度か通ってやっと仲良くなったし。
初めて会ってこんなに仲良くなるなんて、渋谷ってやっぱり凄いヤツなのかもしれない、とも思った。
シゲさんとカツさんに盛大に見送られて出た店の外はひんやりとしていて、吹いて来た風の寒さに思わず少し身震いした。
渋谷が「忘れてるよ」とストールを巻いてくれる。
「ねえ、ここ、また来ても良い?」
「う、うん…。」
絶対幻滅すると思ったのに。
それともこれは渋谷なりの枯れ女子に対する気遣いとか社交辞令の類いなのかな…。
「行こっか」と笑う渋谷の眼鏡のレンズが少しだけキラリと光る。
……便利なアイテムだね、その黒縁眼鏡。
渋谷の表情を隠して、本音を探れなくしてくれる。
だけどいいんだ、それで。
探る必要も知る必要も無い、渋谷の本音なんて。
所詮、会社の先輩後輩なんだから。
橘さんとのミーティングを終えた後、渋谷を連れて行った先は都会の喧噪を少し離れて各駅停車しか停まらない駅。
古びた商店街の真ん中辺に位置する私の“いきつけの店”は相変わらず、ぼやっとした提灯が風にのんびり吹かれていた。
「おっちゃん!こんばんは!」
「おう、真理ちゃん、久しぶりじゃねーか…っておっ?」
ガラガラと引き戸を開けて入った暖簾の先で、店主のおっちゃんが白い歯を見せた。
「真理ちゃん、彼氏?ずいぶん色男連れてんじゃん。」
「違うよ、会社の後輩!」
「…どうも」と少し逃げ腰に見える渋谷に思わず含み笑い。
「渋谷、そっちの奥に座ろうか。」
「え?あ、はい…。」
素っ頓狂な返事が可笑しくて「ほら、早く!」と陽気に背中を押した。
「おっちゃん、ビール二つね!」
「おう。」
席について上着を脱ぎ始めると、カウンターの反対側から鼻の頭を赤くした常連のシゲさんがおちょこ片手にニコニコ笑う。
「真理ちゃんもついに彼氏を連れてくるようになったか。」
「だから彼氏じゃないって。私の心の恋人はシゲちゃんでしょ?」
「おっ!そうきたか。青年!シゲちゃんがライバルじゃ、よっぽど頑張らないと勝てねえな!」
シゲさんの隣の同じく常連のカツさんが大口を開けて豪快に笑う。
「おら、二人とも、その位にしとけ。日本酒に水混ぜんぞ。」
おっちゃんが苦笑いで「すみません、二人とも気はいいんですよ」と渋谷に声をかけながらビールと一緒にお通しのたこわさと胡麻和えを出してくれた。
それによそ行きの笑顔で応える渋谷。
やっぱりこんな所に連れてくる様な先輩はヒくよね。正しい反応だよ、渋谷。
まあ…これで渋谷が強引に私に絡む事はなくなるはずだから、結果オーライかな。
「ごめんね?こんな感じで。大分がっかりしたでしょ。」
ビールジョッキを「お疲れさま」と笑顔で持って見せたら、渋谷も習ってジョッキを持つ。私の方に身体を少し向けた途端、いつもの余裕の笑みが復活した。
「いや?寧ろ嬉しいかも。」
う、嬉しい…?
「ほら、乾杯しますよ!」
「う、うん…」
ジョッキを合わせた後も、眼鏡の奥の目は実に楽しげ。
もしかして、意外とこういうオヤジ臭い場所が好きだったりするのかな?
◇
「いいか、恭介よ。ぜってーオトせよ!真理ちゃんは、世界一イイ女だ!」
「そうだぞ!俺たちはお前を応援してる!」
「どうも。」
そろそろ帰ろうかという頃には、シゲさんカツさんとよくわからない意気投合をするまでに居酒屋の雰囲気にとけ込んだ渋谷。
目論み通りでは無かったけれど、つれて来た身としてはやっぱり嬉しい。
それにシゲさんもカツさんも、気はいいけど結構人を選ぶ。私も何度か通ってやっと仲良くなったし。
初めて会ってこんなに仲良くなるなんて、渋谷ってやっぱり凄いヤツなのかもしれない、とも思った。
シゲさんとカツさんに盛大に見送られて出た店の外はひんやりとしていて、吹いて来た風の寒さに思わず少し身震いした。
渋谷が「忘れてるよ」とストールを巻いてくれる。
「ねえ、ここ、また来ても良い?」
「う、うん…。」
絶対幻滅すると思ったのに。
それともこれは渋谷なりの枯れ女子に対する気遣いとか社交辞令の類いなのかな…。
「行こっか」と笑う渋谷の眼鏡のレンズが少しだけキラリと光る。
……便利なアイテムだね、その黒縁眼鏡。
渋谷の表情を隠して、本音を探れなくしてくれる。
だけどいいんだ、それで。
探る必要も知る必要も無い、渋谷の本音なんて。
所詮、会社の先輩後輩なんだから。