一生に一度の恋をしよう
親友が王妃様!?
大学に上がってできた親友、河野恵里佳と卒業旅行に出た。

行き先はイタリア! 食い倒れを楽しみに、二人でワイワイキャーキャー、バカンスを過ごしていた。

それまでも陽気なイタリア人にナンパまがいに声をかけられていたけれど、その日は少し違った。

レストランで食事をしていると、隣のテーブルの男性に声を掛けられた、彼は三人組だった。

「Excuse me……」
「Yes?」

私も喋れるけど、より堪能なのは恵里佳だ。

「そのお皿の料理はなんですか? 美味しそうなんですけど」

思えば、これはきっかけでしかなく。
彼はあからさまに恵里佳を狙っていた、恵里佳が流暢に料理名とどんな料理かを説明すると、彼はテーブルを引っ付けてきた。

「どちらから来たんですか?」
「日本です」
「ああ、日本! ドラ◯もん、好きです」

時折私にも話は振ってくれるけれど、結局は二人の世界。
私と、彼の友人達は頷くだけ、この友人達も『友人』ではなく『SP』とか言う人達である事を知るのは、だいぶ先のことだ。

食事が終わると、その友人の運転する車でホテルまで送ってくれた。

「いつまで滞在ですか?」
「明日の便で帰ります」
「残念です、空港まで見送りに行きます」

便名を確認して彼は帰っていった。

そして、翌日、彼は私たちより早く空港にいた。

搭乗案内が入るまで私達と行動を共にし、別れ際、
「ハルルート・T・フィアロンです、忘れないで」
最後に名乗って、別れのキスをしてくれる。

私には本当に挨拶、恵里佳には少し長めで、両手で頬を優しく包んでいた。


***


あー、彼は恵里佳を気に入ったな、それはすぐに判った。

「凄いな、恵里佳。外国人の恋人できるじゃん」

動き出した飛行機の中で聞いた、恵里佳はうふふと笑う。

「これが恋愛なら遠距離もいいとこね。とりあえずEメールアドレスはもらったけど」

い、いつの間に!?
って言うか私はもらってない、ああ、あからさまな差別だ!


***


それから半年後。
日本でハルルートの姿を見る事になる。

「ハルルート!?」
「Yes、久しぶりですね、ナイダさん」

彼は私の名前を間違えて覚えていた。

なのに、恵里佳の爆弾発言。

「私、彼と結婚することになったの」
「えええ!?」

何がどうして、そうなった!?


***


曰く。

毎日の様にメールと電話責めだったらしい。
なにせ割と呑気な恵里佳なので。
それに「仕方ないわねえ」くらいで付き合っていたのだが。

やがて彼は、足繁く恵里佳の元に通う様になる。

簡単に言うけどさ、ヨーロッパから日本だよ!?
二週に一度、逢瀬を重ねたらしい、全然知らなかったんだけど!?

「そうしたらね、彼のお母様と話す機会があって」

それはビデオチャットを使ってだったと言う。

「お嫁さん候補を探している、異国の方で構わない、その気はあるかって言われて」
「あるって答えたの!?」
「その時はそんな風に言わなかったわよ」

恵里佳はのんびり言う。

「そうしたら、昨日、彼と彼のお母さんと、たくさんの従者がうちに来て」
「従者!?」
「うん。彼ね、セレツィア王国の王様だったの」

なんですとー!?


それはフランスに国境を接する、東京ドーム20個分ほどしかないの大きさの小さな国だった。
公用語はフランス語、主に観光で経済が成り立つような国だ。


「彼とはキスもしていなかったけど、交際の事実があると彼のお母様に言われてしまって。もし結婚する気がないならもう会うなと言われてしまったの」
「でもさ、外国の王様だよ!? はい、判りました、もう会いませんでいいんじゃないの!?」
「でも、私、彼をもっと知りたかったの、お別れするのは辛くて。だから結婚しますって言っちゃったの」
「言っちゃったの、で済む話なの……?」
「ええ、済むみたい。来月からあちらに住むわ」

恵里佳はそう言って、やんわり微笑んだ。

まあ、容姿端麗、英語も堪能、こののんびり性格は王妃とやらにお似合いだと思うけど。
あまりの考えのなさに、私は驚くしかなかった。


***


それから三ヶ月後。

私、橋本渚沙は、恵里佳のご両親共々、セレツィア王国の空港に降り立った。
日本からの直行便はない、フランスのニース空港にチャーター機が待っていて、それで入国した。

滞在は1週間。週末に執り行われる恵里佳とハルルート王の結婚式に招待されたのだ。
その後行われるハルルートの戴冠式にも呼ばれている。

空港から大きなリムジンで連れて行かれたのは、海に張り出した崖の上にそびえる大きな宮殿、当たり前だ、王様だもの。

音もなく開いた大きな門を抜け、これまた大きな両開きのドアの前にて停まる。
王妃の親族とその学友だ、どうやら国賓なのらしい、大勢の男女の使用人に迎えられた。

「ようこそ、セレツィアへ。長旅お疲れ様でございました」

何人もの人にそう挨拶され、通されたのは玉座のある広間だった。

改めて思う、本当に王様なんだ……。

一段だけ上がった先に、三つ椅子が並んでいて、真ん中の一番立派な椅子にハルルートが、その右隣に恵里佳が座っていた。そして、ハルルートの左隣の少し後ろに下がった椅子に、中年女性がいる。

「渚沙! 久しぶり!」

恵里佳が立ち上がらんばかりに言う、途端に咳払いが聞こえた、ハルルートの左隣の席から。
恵里佳はにこっと笑って、会釈で挨拶に変えた。

恵里佳の両親が丁寧に挨拶を述べ、私も謝辞を伝えた。

「お父上、お母上、遠路はるばるありがとうございます。渚沙さん、久しぶりです。婚儀まではまだ日にちがあります、どうぞ我が家と思い寛いで下さい」

ハルルートが型にはまった挨拶をする。

やっと名前を覚えてくれたか。

「渚沙さん」

ハルルートの左隣から声が上がる。

「ようこそ。歓迎致します、どうぞゆっくりなさって」

中年女性が笑いもせずに言った。

「初めまして、ハルルートの実母のマルグテです、今は王宮に不慣れなハルルートの後ろ盾となり補佐をしております」

……とっとと帰れ、と聞こえたのは気のせいだろうか? いや、全然笑ってないし……。
ハルルートは皇太子一家の養子になったので、『実母』と紹介してくれたのだ。

「ハルルート様」

恵里佳が可愛い声で呼んだ。

「私が独身で居られるのもあと少しです、折角親友も来たので、時間がある限り渚沙と語らたいのですが、お許し願えますか?」
「うん、勿論だよ」

ハルルートは即答したけれど、隣のマルグテ様は睨みつけている、怖いっ。

「父上と母上ともなかなか逢えなくなるからね。ご帰国まで僕よりお三方を大事にしてあげて」
「ありがとうございます」
「ハルルート、恵里佳殿」

すぐさまマルグテ様が声を上げる。

「婚儀の準備もあります、そうそうゆっくりはしていられませんよ?」

マルグテ様の厳しい声に、恵里佳はしゅんとした。

「まあ、いいではないですか」

ハルルートが優しく言う。

「夜などなら時間が取れるでしょう。恵里佳、気にしないでいいよ」

ハルルートの言葉に、恵里佳は本当に嬉しそうに、幸せそうに微笑んだ。



その晩は歓迎レセプションとやらが行われた。

私はこの三ヶ月でしっかり仕込まれた、和服姿で参列する。
ふくら雀、一重太鼓に二重太鼓、この三つを徹底的に覚えた! とりあえず形にはなるように!
今は華やかにふくら雀と言う形の帯にしている、二重太鼓は結婚式で締めるように言われている。

それと所作!

『日本代表として行くのよ、恥をかいちゃダメ!』

母と着物の着付けを仕込んでくれた先生に、口を酸っぱくして言われた。
足の運びから和装と洋装では変わる。袖だって押さえて動かす。緊張するわあ。

次々運ばれてくる料理に舌鼓を打つ、日本でもそんなに凄いレストランに入ったことはないけど、きっとそんなお店より美味しいんだと思えた。

私と恵里佳の両親とは、隣同士の席にしてもらえた。

でも恵里佳からは遥か遠い。

上座の席だけど、列としては一番端っこ……私達はそう言う立ち位置なんだ。

改めて恵里佳が遠くなったと判る、正面に座る恵里佳は堂々としてて、輝いてる。既に王妃の風格だ。



食事が終わると、談話室とやらでお茶の時間……お茶と言っても、大方お酒を頂いてますが……。
恵里佳の両親は、王家の方々や閣僚の方々とお喋りに興じてる。
私は……ニコニコして座ってるだけ。
あーでも。疲れかな、眠くなって来た。

「渚沙」

懐かしい友の声に呼ばれる、振り返ると豪奢なドレスを纏った恵里佳が立っていた。

「長旅で疲れたでしょう? 部屋に行きましょ」

英語で言う、みんなに判るようにだろう。

「父君と母君も部屋に戻られては」

恵里佳と並んでやってきたマルグテ夫人が言った。

「明日は市内を案内致しましょう。今夜はゆっくりおやすみ下さいませ」

カンペでもあるのかくらい抑揚なく言って背を向けた。



メイドの先導で、恵里佳と並んで部屋に行く。

大きな部屋。ドアを開けた所はリビングの様にローテーブルとソファがあって、天井まである大きな窓には分厚いカーテンがかかっている。
右手にもう一つドアがあって、そこにベッドがあった。

「ねえ、今日は一緒に寝ましょ? あとで使いを寄越すから」
「ええ、いいの? ハルルート、怒らない?」

恵里佳はうふふと笑う。

「ハルルートとは部屋は別なの。婚前交渉は禁止ですって。はっきり言われてびっくりしちゃった」

おー。さすが王族ーって感じ?

「でも私と一緒って。王妃様がそんな事して。レズとか噂流されても知らないよ?」

私が冗談半分に言うと。

「渚沙となら大歓迎よ」

にこっと微笑んで言う、本気みたいで怖いわっ。



二時間ほどして、恵里佳付きのメイドに呼ばれて、恵里佳の部屋に行く。
部屋の作り自体は私の部屋と一緒、でも面積は明らかに広いし、調度品も格上なのが判る。
恵里佳の歓迎を受けて、私達は倒れこむ様にベッドに寝転んだ。

「あー、なんか久しぶり! こんな風に解放的な気分になるの!」

恵里佳は私の知ってる恵里佳だった。
私は苦笑した。

「確かに息詰まりそう。お姑さん、ちょー怖いねー」

恵里佳は微笑んだ。

「まあ、仕方ないわよ。王家の女として厳しく育てられたようだし、王母として王を支えようとしていらっしゃるし」
「でも恵里佳なら、ちゃんとうまくやれそう」

私は本心から言った。

「本当?」
「うん。私だったら絶対喧嘩になってる、うるせーって。ハルルートさんは見る目あったね」
「そうかなあ」

恵里佳の言葉は疑問ではない、確認だ。

「ハルルートさんも、ちゃんと恵里佳を愛してるんだね、安心したよ」

私が言うと、恵里佳はとても嬉しそうに微笑んだ。

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