一生に一度の恋をしよう
四日目!
朝食の間、恵里佳がいつ切り出すかと待っていたけれど、恵里佳はしずしずと食事を食べるだけだった。
そして食事を終えると、恵里佳が私を誘った。
「少し、散歩でもしましょ。宮殿内も綺麗なのよ?」
そう言って連れ出してくれた。見るだけだった庭に出た、写真でしか見たことがないような大きな綺麗な庭だった。既に入った謁見の間や応接室なんかも改めて紹介されると、とても豪奢な装飾が施されていると判る。
そして、まだ入ったことがないところにも。
それは恵里佳もらしい。
「普段自由に行き来してるのは、中央棟だけよ」
緊張した声がした。
棟とは言うが、建物が分かれている訳ではない、全体はコの字になっている。
「自由と言っても、いつも知っているところを、誰かと一緒だけど……」
恵里佳は少し不安そうに言う、あまり知らないところは迷子になりそうだと言った。
うろうろしながら……さりげなく、西棟へ。その端にある、とんがり屋根の部分が西の搭だ。それは東側にもある。
西の搭に入るには一階からしかなかった。でも廊下の端からでも判った、警備がいる、しかもお城の警備や近衛じゃなかった、黒ずくめのスーツ姿で──。
私は息を呑む。
「……昨日見た写真の人たち……」
「本当!?」
エレメイの仲間って事だよね? そんな人達が、どうして警備なんだか監視みたいなことをしているの?
私達は遠くから見ていたけれど……あ……しまった、気付かれた、一人が近づいてくる。
「行こう」
小さな声で言って、戻ろうと恵里佳の手を引いた。
でも恵里佳は動かない、それどころか真っすぐ搭に向かって歩き出す。
「恵里佳?」
小さく非難したけれど、恵里佳、あなた肝が据わってるわね。
男の一人と相対すると、スカートをつまみあげて、優雅に一礼した。
『精が出ますね。パトロールですか?』
恵里佳はこちらに来て覚えたフランス語で聞く。
「恵里佳様」
男は英語で返した。
「ここには誰も近づけるなとお達しが出ております。お戻りください」
「それを言ったのは誰? ハルルートなの?」
「お答えしかねます」
「何があるの?」
「お答えしかねます」
「ハルルートに聞いたら判る?」
「それは恐らく、お判りにはならないかと」
「そう」
恵里佳はにこりと笑って踵を返した、五歩も下がって待っていた私と合流する。
止まることなく歩いて行く恵里佳の後を、慌てて追う。
「恵里佳?」
「訛りがない英語だった、城の人間じゃない者が守るエリアがあるって、おかしいでしょ」
恵里佳は怒っていた。
「うん……」
「情けないわ、ハルルート。仮にも王となる人間が知らない事があるって。こうなったら、何が何でも暴いてやるから」
ずんずん歩いていく恵里佳……いや、王妃様、いいの……?
***
夜、恵里佳が私の部屋を訪ねてくる。
「本当に、ハルルートったら!!!」
相当おかんむりだ。
西の搭の事を根掘り葉掘り聞いたけれど、ハルルートは何も知らないらしい、挙句に「母に聞いてみる」と。
「お義母様の耳に入れたら、どうなることやら」
恵里佳の苛立ちも判らなくもない。
なんでもかんでも母親頼りで、この先、王様が務まるのだろうか。
「例の写真、お義母様に見せるとか!」
「恵里佳、ちょっと落ち着いて」
何があっても動じなかった恵里佳とは思えない。
「人が一人、亡くなってるのよ?」
恵里佳は呻くように言った。
「しかも国葬とは言え、ひっそり行われたって。ご遺体の状態が状態だったから、亡くなられた事を話すことも憚られたって。しかもエタン殿下が冤罪で投獄されてるなんて、本当に駄目!!!」
その通りだ、どうしたら解決されるの?
その時、窓がトントントン、とノックされた。
私は条件反射のように窓辺へ行き、窓を開けていた。
シルヴァンがカーテンを翻して室内に入る、途端に息を呑んだ、ソファーに座る恵里佳と目が合ったらしい。
「まあ……」
恵里佳も驚いて呟く。
「渚沙、あなた、意外と行動的だったのね、男性に夜這いさせるなんて」
「違う!!!」
日本語での会話でよかった、なんてこと言うのよ!!!
「恵里佳妃」
シルヴァンはそう言うと、恵里佳の前に跪いて手を取り、その甲にキスをした。
そんな優雅でありながら慣れた動きに、ああ、この人はやはり王子なんだと改めて判る。
「初めてご挨拶をさせていただきます、シルヴァンと申します」
「あなたがシルヴァン殿下でしたか。お名前は存じ上げていたし、何度かお顔は見たことがありました、おかしいわね、あなたも王族でこの宮殿に住んでらっしゃるのに、自己紹介もなく、まるで他人のように扱われて」
恵里佳の寂しげな言葉に。シルヴァンは頭を垂れる。
その横顔を見た、唇を、噛み締めていた。
「本当におかしいわ……本当なら、あなたが王位継承者なのに……」
でもハルルートがユルリッシュ皇太子の養子になったことで、王位継承の順位は、ハルルートが二番になったのだ。
「駄目よ、ハルルート」
恵里佳はここにいない人に声を掛けた。
「真実を捻じ曲げては、駄目」
私達は、深夜まで話をしていた。