珈琲プリンスと苦い恋の始まり
母はワインを手にして椅子に着き、「これで乾杯しましょう」と顔を綻ばせた。

「昇平さん」と母が呼ぶ人がコルクの栓を開ける。

自分のバースデーだというのに自ら私達のグラスにも注いでくれて、三人でグラスを鳴らして乾杯をした。



「いただきます」


礼儀正しい人を見遣りながら、母は「どう?」と訊いてる。訊かれた相手は「美味いよ」と笑い、私達にも食べるように…と勧めた。


一見すると何処にでもある家庭の風景だ。

母の手料理がテーブルに並び、家族中がそれを囲んで食事する。

そこには会話が溢れていて笑顔があって、一家の大黒柱を皆が大事に思ってるシーンではあるんだが。


……でも、私の胸中は複雑だった。
だって、斜め前に座ってる人は、私に名前をつけてくれた実父じゃないから。

父とは同年代だけど血の繋がりもない。
父が亡くなった後、母が再婚をして、戸籍上は父になった相手だ。


江崎昇平さんと言う。
江崎さんとは母が再婚した時に養子縁組をして、私も「江崎」姓に変わった。


その前は別の苗字。
だけど、それを名乗る人はもう誰もいない……。


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