珈琲プリンスと苦い恋の始まり
一人だけしんみりとした気分で黙々と食事する。
母や戸籍上の父と会話をしないのは、いつものことだ。

それを二人から責められたことは一度もない。
二人にとっては、私がこの家に帰ってくることだけで満足なんだ。



「ご馳走さま」


手を合わせて挨拶をすると、ちらっと母が横を向く。
今日はちゃんと食べてると確認したみたいで、「お粗末さま」と返事があった。


「お皿は片付けなくていいわよ。お母さんが洗うから。それよりもケーキ食べようか、今お腹に入る?」


気遣うような訊き方をされる。
私は開けられてもないケーキの箱を見つめ、「今はいい」と断った。


「私、ケーキが嫌いだから二人でどうぞ」


ご勝手に…という雰囲気で席を離れる。
母は呆れたように「愛花」と声をかけたが、昇平さんがその声を止めた。


「まなちゃん、ケーキありがとう」


お礼を言う相手を振り返り、お愛想の様な笑みを見せた。


「いいえ。いつもお世話になってるのは私の方なんで」


他人行儀に言うとキッチンを出た。
そのままトイレに直行して、食べたばかりのステーキ肉を吐き出してしまいたい心境だけど。

< 108 / 279 >

この作品をシェア

pagetop