珈琲プリンスと苦い恋の始まり
クスッと声に出して笑い、俺はそんな彼女の様子を窺う。


彼女の頬には、くっきりと笑窪が現れている。

心から楽しそうに笑う彼女を見たのは初めての様な気がしてきて、妙にその笑窪が印象に残った。


「父は他にも色々なことを教えてくれた。私が小さい頃からお父さんっ子で、しょっ中付き纏ってたから」


迷惑だったと思う…と呟き、次の瞬間は悲しそうな目をした。


「あの朝も、いつもの様に寝坊な父を起こしに行ったの。書斎のドアを開けて父を呼んで、デスクで眠ってる父の側へと駆け寄って行った」


区切るように言葉を切り、きゅっと唇を噛み締める。

彼女の目には、はっきりとした苦痛が感じられた。
俺はその眼差しを見つめ、微かな心の揺れも見逃さないように…と努めた。


「父の側へ寄って行っても、ちっとも起きないからおかしいと思って。だらんと垂れ下がった腕に縋ろうとして触れて直ぐに離してしまった。……だって、まるで氷漬けにされた様に冷たいんだもん。驚いて怖くなって、『お父さんっ!?』って大きな声で叫んだ」


思い出しながら過去を振り返り、時折ぎゅっと目を瞑る。

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