珈琲プリンスと苦い恋の始まり
「…ねぇ、君…愛花さん」


いきなり隣から名前で呼ばれ、はぁ?と声を出して振り向いた。
和かな笑みを浮かべる彼は箸先でお鮨を摘んでいて、「これ美味いよ」と言って口の中に放り込んだ。

入れられたのはイカの握り鮨。
イカは町内の特産品で道の駅でも買える物。
それを容赦なく口の中に入れられ、慌ててモゴモゴと噛み砕く。

飲み込んだ後はゴクンとお茶を一口飲んで、「何するの!?」と叫んだ。


「いや…何って、美味しいから食べさせようと思っただけだよ」


小アジも美味いと言ってる。
これ以上口の中に入れられたら大変だと思った私は、慌てて自分の箸に手を伸ばした。


「そうそう。難しい顔してないで食べよう」


どうやら私が仏頂面でいるのに気づいてたみたい。
こっちは「分かってる」と言葉を返し、大将が握ってくれるお鮨を黙々と口へ運んだ。


一通りのお鮨を食べ終わった頃、バッグの中から着信音が響いた。


取り出して見ると母だ。
私は「やっぱり掛けてきた」と小声で呆れ、スマホを握りしめて、「ちょっと出てきます」と店の外へと向かった。


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