珈琲プリンスと苦い恋の始まり
「親父、頼むからいい加減にしてくれ」


新店に関する会議の場で、俺は社長と呼ばずに敢えて親父と言い放った。

呆れ顔をする重役達を目に入れず、思いきり悪態をついてやった。


「俺は今いる店から離れないと言ってきた筈だぞ。
彼処をもっと売れる店にして、それからでないと他には出向かないと兄貴にも言ってる」


専務を務める兄貴にも目を向ける。
うんうん、と頷く姿を見つめ、そのまま視線を父に戻した。


「出向は他の奴に頼め。俺は彼処から動かない」


この最近、新しい店のことでずっと揉めていた。
俺に出向かせようとする父に反抗して、言うことを聞け、と怒鳴られ、機嫌がずっと悪かった。


「お前はどうしてあの店にそんなに拘るんだ」


あの古民家の何処がいいと呆れる父を睨み、自分で出向させておいてそれか、と言い返したくなった。


「あの店には何かと因縁が深いんだよ。親父が勝手に桜を伐採したせいで、俺はあの場に留まる理由が出来たんだ」


「何だ、その理由とは」


訊き返す父の顔を見て黙る。
此処で自分が彼女のことを言えば、「何だそんなことか」と言われて終いにされそうだ。


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