珈琲プリンスと苦い恋の始まり
「じゃあ、こっちへどうぞ」


真壁さんは私を誘い、本堂の脇にある母屋の玄関へ向かう。そこから本堂に渡って文机を出してもらい、経本と半紙を前に墨を磨った。


丁寧にゆっくりと磨る方が、黒くて綺麗な墨色になると言われ、黙々と集中して上下させる。


十分に色が出たと思われたら用意された筆を握り、左側に置いてある教本の文字と睨めっこして、半紙にゆっくりと墨を乗せた。


最初は加減が思い出せずに墨が滲む。
けど、それを気にせず書き進めて…と言われ、目線を左右に動かしながら、一文字一文字、丁寧に書き進めた。


私はかなり集中してたんだろうと思う。

真壁さんがいつの間にか法要に出かけてしまったのも気づかずに、ひたすら半紙の上にお経を書き綴ってたんだ。


大分経ってから足が痺れてきたと思い、手を止めた。

顔を上げると真壁さんがいなくて、私は慌てて筆を離してどうしようか…と焦った。


キョロキョロと辺りを見ても誰もおらず、本堂には私一人が取り残されてる。


「やだ…どうしよう。真壁さん、いつ帰るのかな」


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