珈琲プリンスと苦い恋の始まり

「やっぱりマスターが淹れた珈琲は美味しいね。一昨日までいた人も上手だったけど、何かこう…ちょっと違うんだよね」


飲みながら「ところでさ」と話しかけてくる。

俺はその質問に答えながら胸のざわつきを堪え、夕方になったら『悠々』へ向かい、彼女から直接話を聞こうと考えていた。




午後六時前、閉店時間を待たずに引き戸のロックを閉めた。

日中は久し振りに店へ来ると俺が居たと言って喜んでくれるお客さんが多くて、この日は開店当初並みに忙しく、大変な思いをした。


…でも、お陰で余計なことを考えずに済んだ。一瞬でも暇があれば、俺はずっと彼女のことを思って悶々としていただろうから。


裏口から出てプレートを『closed』に返し、久し振りに自分の車へと乗り込んだ。

熱気でむせ返る車内の空気を気にせず走り出し、スピードを上げて彼女の勤める職場へと行く。

なかなか心も頭も平常心にはなり難い。
あの彼女が結婚する？と思うと居ても立っても居られず、とにかく会って、その話が真実なのかどうか、と問いたくて仕様がなかった。