珈琲プリンスと苦い恋の始まり
二週間後の金曜日、デイケアサービスセンター『悠々』に着いた俺は、挨拶もそこそこに「さくらさんの写真集を見たいんですが」と言った。

カウンターの内側で事務をしていた女性社員は驚き、目を見開いて立ち上がるとカウンターの側へとやって来た。


「そこに置いてありますよ」


仕切り用のガラス戸を開くとカウンターの隅っこを指差す。

目線を走らせると、綺麗な桜色の表紙で出来た十五センチ四方の薄っぺらい本が一冊置かれてあり、タイトルは白い文字で小さく『SAKURA』と印字されていた。


(SAKURA…)


そこで俺はようやく気が付いたんだ。
彼女のネーミングが、「さくら」ではなく「SAKURA」なんだということを。


「何処で訊いたんですか?愛花の写真集が此処にあるって」


事務所の社員は親しそうに彼女の名前を呼び捨てる。
俺が店の常連客に聞きました…と言うと上目遣いで思案し、「ああ山本さんね」と納得した。


「こちらにある桜の写真の話をしたら、撮ったのは彼女だと教えられたんです」


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