珈琲プリンスと苦い恋の始まり
遠目に水平線を臨んでから赤茶色の瓦が乗った二階屋を見た瞬間、きゅん…と胸が軋む。

あの頃とは変わらない家の外観に安心しながらも、気を抜くと溢れそうになる涙を堪えて、ぐっと奥歯を噛み締めた。


ドアを開けながら中に入る職場のおばさん達の後を追い、自分も数年ぶりに軒下を潜る。



「こんにちは〜、マスター」


元気のいい声を張り上げながらおばさん達はズカズカと内部に侵入した。

だけど、私は厳かな気持ちで家の敷居を跨ぎ、目を伏せたままおばさん達と同じテーブルに着いた。



「マスター、珈琲を淹れて頂戴」


マダムか?と思うような口調で注文する山本さんを、あの人は少し呆れ気味に見ている。

それでもやはりお客様だと思う所為なのか、肩を落としながら小さく溜息を吐き出し、お湯を沸かし直した。


私は被っていたキャップを脱いでチラチラと室内の様子を窺う。

以前は漆喰だった筈の壁には杉板が張り巡らせ、柱や梁には新たにペンキが塗り直されていた。


あの人が今立っている辺りには台所の流しがあって、セメント造りで小さな正方形のタイルが貼られていた筈なんたが……。


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