珈琲プリンスと苦い恋の始まり
（あれももう壊しちゃったんだ。無理もないよね。凄く古かったもん……）


仕様がないんだ…と諦める気持ちでいても、それを顔には出せない。

私だけが知ってるこの家の様子を回想したところで、過去が現在に蘇る訳じゃないんだ。


無理しておばさん達の声に耳を傾けようとした。

職場の人やその他の話題に様変わりしていく内容を聞き流しながら笑い、そして気付かれないように小さく溜息を吐く。

早く話が済んで解放されたいと願う自分の気持ちとは裏腹に、山本さんから思わぬ言葉を発せられた。



「愛花ちゃん、今日もこの後撮影に行くの？」


ビクッとして顔を上げ、一瞬頭の中が真っ白になる。

視界の隅では、あの人が人数分の珈琲が乗ったトレイを持って来ようとしてるのが見え、舌を噛みそうになりながらも「ええ」と相槌を打ち返した。


「何処へ？」


悪気もない風に問い直され、それが貴女に何の関係があるの？と訊きたくなる。

それでも、この場の楽しい雰囲気を台無しにする訳にはいかないから、私は迷うように視線をウロウロさせながら予定にもしてなかった場所のことを口にした。

< 49 / 279 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop