珈琲プリンスと苦い恋の始まり
岩の窪みに爪先が引っ掛かり転びそうになった。それを見た彼が咄嗟に支え、私を助け起こしてくれた。


「ごめん。ありがとう…」


向かい合わせの状態で顔が近づき、ドキン!と胸が弾む。
男性とこんな近い距離になったことがないから直ぐに体を離した。


顔が熱くなりそうなのをひたすら俯いて隠す。
彼は返事もせずに私の体勢が整ってから手を離し、「気をつけないと」と一言注意した。


「先に俺が降りるから、君は後からおいでよ」


そう言うと先に岩の下へと降りていく。
下の岩場に着くと上を見上げ、「いいよ」と優しい声を発した。


私はそれを聞いて照れくさくなった。
自分の方が田舎者で岩場には慣れてる筈なのに、都会から来た彼に足元を心配されるなんて。


気恥ずかしさと悔しさが入り混じりながら降りていく。
下にいる彼は私の足が岩に着くまで見守り、その後は「先にどうぞ」と前を勧めた。


「君が先導して。でも、足元には十分気をつけて」


何だか高齢者に言うセリフみたいだ。
私は少し気落ちしながらも岩の上を歩き出し、彼もその後を付いて歩いた。


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