珈琲プリンスと苦い恋の始まり
あんぐりと口を開けて無言になる。
そんな俺の目の前でスコーンを食べ終えた山本さんは、丁寧にビニール袋を折り畳み始めた。

その姿を視界に収めつつ、(さっさと立ち去ればいいのに…)と願う。



「……ところでさ、マスター」


立ち去らずに山本さんは話し掛けてきた。
あー面倒くせぇ…と思っても、相手が客だけに顔にも出せやしない。


「はい?」


愛想笑いをして見せる。


「あのね、私みたいな常連になりたての客が言うことは、聞いてもらえないかもしれないけどね」


急にしおらしくなったな、と目を向けた。
山本さんはビニール袋を一回転させると両端を持ってきゅっと結び、それをカウンターの上に乗せて話し続けた。


「実は、私は隣町にあるデイケアサービスセンターで働いてるんだよ。そこで調理を担当してるんだけどね」


「へぇ…」


そうなのか…と新めて思いながら相槌を打つ。
彼女はカウンター越しにぐいっと身を乗り出してきて、「其処のことで一つ相談があるんだ…」と話しだした。


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